2007年 08月 06日
身辺雑記(11):坂道を転がして登る14番目の月,エクソダス〓脱米自立の道始まる,あわや車と側面衝突
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もう少し続けることにしよう.28日(投票日前日)が旧暦の十四夜に相当することについては前回記事の追記に書いた通りだが,《カナダde日本語》では,30日を満月としているので不安になり調べてみた.現在の定義では,「月と太陽の黄経の差が180度のときを『望(満月)』としているので,それにあてはめると7月30日午前9時48分が望だったということになり,30日を満月とするのも必ずしも誤りではないことが分る.つまり,28日は十四夜であるという私の説と30日が満月だとする《カナダde日本語》説はどちらもそれなりに正しいと言ってよいだろう.
『14番目の月』というのは,松任谷由実が独身時代の最後に発表したアルバムのタイトルであり,同名の曲↓が収録されている.松任谷正隆という屈指のアレンジャー兼プロデューサを得て商業的に成功し,スターダムの頂点にのし上がって揺るぎない第一人者の地位をものにすることがほぼ約束されていた時点,つまり「望月の欠けたることのなき」全盛期に入ろうとする手前で,過ぎようとしている自由気ままなアマチュア時代を惜しんで制作された曲である.私はユーミンの熱烈なファンではあるが,私の好きな曲はやはり荒井由実時代の作品に集中する.

あなたの気持が読みきれないもどかしさ
だから ときめくの
愛の告白をしたら最後 そのとたん
終わりが 見える
um… IWANUGA HANA
その先は言わないで
つぎの夜から 欠ける満月より
14番目の月が いちばん好き
同時代の天才詩人・作曲家としてのユーミンについて語るのは止めよう.私が一つだけ指摘したいのは,ユーミンの「声」の質である.ユーミンの声には私が「天上の音楽」と呼んでいる「音」が含まれている.スペクトル分析をして解明できるものかどうかは分らないが,この音がどちらかと言うと(超)高周波帯に含まれる擦過音のような子音系の音であることは確かであるような気がする.あえて擬音化すれば「シャー」とか「サー」のような感じで,心を込めて「優シイ」と発音したときの"..SA...."の子音部辺りに含まれるような音.最近の欧米系の歌手の声にはほとんど含まれなていない.ユーミンの唄に「聖性」を与えているのはほかでもないこの「声」(と言うよりむしろ「息」と呼ぶべきだろう)ではないか?と私は考えている.彼女の「聖性」がいつでも「ウィッチ」に転化し得るようなきわどいところにあることも指摘して置くべきかもしれないが...
私の背中には14番目の赤い大きな月が登っていた.私は月の出てきた方角をおよそ「東」と見て北北東に進もうとしているのだが,道はどうしても西の方に向かってしまう.感覚的にも東の方つまり月の方向に進むのでは逆進してしまうような打ち克ち難い困惑があり,月に向かって直角方向つまり,北に向かおうとするのでさえ磁力的な抵抗を感ずるまま道なりに進んでいった.車の往来もほとんど途絶えて,先に行けば行くほど街灯も乏しく暗くなってくる.なぜ,私は今頃こんな道を通らなくてはならないのだろう?入間市から坂戸へという標識をなぜ私は無視してしまったのだろう?ややしばらくして,私の疑問に一つの解が与えられた.前方に私に馴染み深いある「地名」が現れた.「▼▲」.私の母が壮絶な死を遂げた聖地である.
私が今日この時間にこの地点を通過することは「母の導き」であるという,ある種「迷信めいた」考えを受け入れることにためらいはなかった.それ以外に「意味」のある解釈を見出すことはできなかったからである.私は山懐に包まれた広大な敷地に凝集しライトに照らされて浮かび上がる白亜の建物群の前をスピードを落として通過した.母はどこにいるのだろう?暗い街路樹の葉陰に隠れているのかもしれないとさえ思われて私はそちらの方を凝視してみたりした.2005年8月7日阿修羅掲示板に私は以下のパラグラフを含む記事を投稿している.
我々の母親は高名な大学病院という触れ込みの施設に送り込まれた.母親の身体はカラフルなチューブから間断なく注入される過剰な点滴液のため,すでに膨張して象のように膨れ上がっていたが,高密度の抗生物質の夥しい注入によって腎機能は直ちに破壊され,代わって人工透析装置の長く冷たい循環システムが繋ぎこまれた.強制人工呼吸を施すために喉は切開されて声帯は確実に取り除かれなくてはならなかった.なぜなら患者が発声することは許されるべきではなかったからである.ナトリウムとカリウムの代謝バランスは完全に破壊され,心電図にはジギタリスの過剰投与を示す特徴的な波動が目撃された.医師たちは集まった親族らに臓器のすべてが機能不全であること,中でも心・肺・肝・腎の四大臓器不全は致命的であると厳かに告げた後,親族代表にすべての臓器の無条件移植承諾書への署名を求めた.我々の中央銀行が我々の母親に対して行ったことはこれである.
この記事のタイトルは『菅直人四国お遍路霊場巡りのもう一つの動機』となっている.私がこのブログを始めたときのほぼ原点に当たる.つまり,私は2005年8月から丸2年を経て,もう一度原点回帰したことになる.記事の末尾には以下の記念すべきフレーズが掲げられている.
「いよいよここに我々のエクソダス:脱米自立の道が始まるのである.」
私は,今回の参院選の意義はほぼこれに尽きると考えている.私はまだこの選挙の総括を書いていないが,多分結論は変わらないと思う.この意味で,私は誰よりもこの選挙の結果を「楽観的」に捉えていると言って差し支えない.しかし,この後まだまだ長い何時果てるとも知れぬ行程が続く.どこかで盆踊りの会場の明るさに惹かれて脇道に入ったまま国道にも戻れなくなってしまった.いくつ坂を上ったことだろう.同じ方向に向かう若者がいる.私より少し前方を腰を上げてペダルを踏み込みながら登ってゆく.私は同じ坂を普通にこいで越すことができた.しかしラスト近くなると最後は私もあきらめて登り口から自転車を転がして歩くようになった.字余りも目に余るが,女もすなる俳句なるものをやってみよう.(ごめんなさい,ぶたないで~)
坂道を転がして登る14番目の月
嵐山から下りに入り紆余曲折して国道に復帰した.この辺りであわや車と側面衝突という危機一髪の目にあった.並木のある広い舗道を快適に下ってきたのだが,突然右側の駐車場のようなところから車がするすると出てきた.運転手は舗道の方には目もくれず自転車の接近にまったく気付いていない.両手で制動をかけ,ほとんど反射的に腰をわずかにひねって体を右に傾けた.自転車は尻を振ってきれいに90度回転.車と並行して30センチ手前でピタッと停止した.運転手は唖然とした顔で口を開けている.私はその顔を精一杯にらみつけてやったが,口論しても始まらないので鼻先を横断してその場を去った.この辺りは街灯が何本も立って真昼のように明るいところだし,自転車のライトも点灯していたのだから,「見えなかった」という言い逃れは通用しない.こんなこともあろうかと,お酒を控えめにしていたのは正解だったようだ.
K市に出たのがおよそ午前1時頃,そこから部屋まで約1時間の国道沿いにネットカフェがあるはずだったが,見つからない.かなり距離感が狂ってしまっている.実際にはもっとずっと私の町よりだった.ネカフェは2時で閉店だと言う.そのくらいの時間があれば十分なので入ることにして,ビールを頼み8時間振りにブログにアクセスする.いつもはフラットな液晶を使っているので,久しぶりにCRTに向かうと画面が極端に湾曲しているのでそれだけでどっと疲れが出る.IEの動作がおかしく,すぐにクラッシュしてしまうのでTBを数箇所送っただけであきらめた.そこを出た後,部屋の近くのコンビニで食料を調達するつもりでいたが,マンションに変わっていた.部屋に着くと,もう一台の自転車が待っていたことはすでに書いた.ドアの鍵穴にカギを差込み半回転,ノブを回すとカギが外れている.不思議でも何でもないのだが,なぜかうれしい.
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『14番目の月』というのは,松任谷由実が独身時代の最後に発表したアルバムのタイトルであり,同名の曲↓が収録されている.松任谷正隆という屈指のアレンジャー兼プロデューサを得て商業的に成功し,スターダムの頂点にのし上がって揺るぎない第一人者の地位をものにすることがほぼ約束されていた時点,つまり「望月の欠けたることのなき」全盛期に入ろうとする手前で,過ぎようとしている自由気ままなアマチュア時代を惜しんで制作された曲である.私はユーミンの熱烈なファンではあるが,私の好きな曲はやはり荒井由実時代の作品に集中する.

あなたの気持が読みきれないもどかしさ
だから ときめくの
愛の告白をしたら最後 そのとたん
終わりが 見える
um… IWANUGA HANA
その先は言わないで
つぎの夜から 欠ける満月より
14番目の月が いちばん好き
同時代の天才詩人・作曲家としてのユーミンについて語るのは止めよう.私が一つだけ指摘したいのは,ユーミンの「声」の質である.ユーミンの声には私が「天上の音楽」と呼んでいる「音」が含まれている.スペクトル分析をして解明できるものかどうかは分らないが,この音がどちらかと言うと(超)高周波帯に含まれる擦過音のような子音系の音であることは確かであるような気がする.あえて擬音化すれば「シャー」とか「サー」のような感じで,心を込めて「優シイ」と発音したときの"..SA...."の子音部辺りに含まれるような音.最近の欧米系の歌手の声にはほとんど含まれなていない.ユーミンの唄に「聖性」を与えているのはほかでもないこの「声」(と言うよりむしろ「息」と呼ぶべきだろう)ではないか?と私は考えている.彼女の「聖性」がいつでも「ウィッチ」に転化し得るようなきわどいところにあることも指摘して置くべきかもしれないが...
私の背中には14番目の赤い大きな月が登っていた.私は月の出てきた方角をおよそ「東」と見て北北東に進もうとしているのだが,道はどうしても西の方に向かってしまう.感覚的にも東の方つまり月の方向に進むのでは逆進してしまうような打ち克ち難い困惑があり,月に向かって直角方向つまり,北に向かおうとするのでさえ磁力的な抵抗を感ずるまま道なりに進んでいった.車の往来もほとんど途絶えて,先に行けば行くほど街灯も乏しく暗くなってくる.なぜ,私は今頃こんな道を通らなくてはならないのだろう?入間市から坂戸へという標識をなぜ私は無視してしまったのだろう?ややしばらくして,私の疑問に一つの解が与えられた.前方に私に馴染み深いある「地名」が現れた.「▼▲」.私の母が壮絶な死を遂げた聖地である.
私が今日この時間にこの地点を通過することは「母の導き」であるという,ある種「迷信めいた」考えを受け入れることにためらいはなかった.それ以外に「意味」のある解釈を見出すことはできなかったからである.私は山懐に包まれた広大な敷地に凝集しライトに照らされて浮かび上がる白亜の建物群の前をスピードを落として通過した.母はどこにいるのだろう?暗い街路樹の葉陰に隠れているのかもしれないとさえ思われて私はそちらの方を凝視してみたりした.2005年8月7日阿修羅掲示板に私は以下のパラグラフを含む記事を投稿している.
我々の母親は高名な大学病院という触れ込みの施設に送り込まれた.母親の身体はカラフルなチューブから間断なく注入される過剰な点滴液のため,すでに膨張して象のように膨れ上がっていたが,高密度の抗生物質の夥しい注入によって腎機能は直ちに破壊され,代わって人工透析装置の長く冷たい循環システムが繋ぎこまれた.強制人工呼吸を施すために喉は切開されて声帯は確実に取り除かれなくてはならなかった.なぜなら患者が発声することは許されるべきではなかったからである.ナトリウムとカリウムの代謝バランスは完全に破壊され,心電図にはジギタリスの過剰投与を示す特徴的な波動が目撃された.医師たちは集まった親族らに臓器のすべてが機能不全であること,中でも心・肺・肝・腎の四大臓器不全は致命的であると厳かに告げた後,親族代表にすべての臓器の無条件移植承諾書への署名を求めた.我々の中央銀行が我々の母親に対して行ったことはこれである.
この記事のタイトルは『菅直人四国お遍路霊場巡りのもう一つの動機』となっている.私がこのブログを始めたときのほぼ原点に当たる.つまり,私は2005年8月から丸2年を経て,もう一度原点回帰したことになる.記事の末尾には以下の記念すべきフレーズが掲げられている.
「いよいよここに我々のエクソダス:脱米自立の道が始まるのである.」
私は,今回の参院選の意義はほぼこれに尽きると考えている.私はまだこの選挙の総括を書いていないが,多分結論は変わらないと思う.この意味で,私は誰よりもこの選挙の結果を「楽観的」に捉えていると言って差し支えない.しかし,この後まだまだ長い何時果てるとも知れぬ行程が続く.どこかで盆踊りの会場の明るさに惹かれて脇道に入ったまま国道にも戻れなくなってしまった.いくつ坂を上ったことだろう.同じ方向に向かう若者がいる.私より少し前方を腰を上げてペダルを踏み込みながら登ってゆく.私は同じ坂を普通にこいで越すことができた.しかしラスト近くなると最後は私もあきらめて登り口から自転車を転がして歩くようになった.字余りも目に余るが,女もすなる俳句なるものをやってみよう.(ごめんなさい,ぶたないで~)
坂道を転がして登る14番目の月
嵐山から下りに入り紆余曲折して国道に復帰した.この辺りであわや車と側面衝突という危機一髪の目にあった.並木のある広い舗道を快適に下ってきたのだが,突然右側の駐車場のようなところから車がするすると出てきた.運転手は舗道の方には目もくれず自転車の接近にまったく気付いていない.両手で制動をかけ,ほとんど反射的に腰をわずかにひねって体を右に傾けた.自転車は尻を振ってきれいに90度回転.車と並行して30センチ手前でピタッと停止した.運転手は唖然とした顔で口を開けている.私はその顔を精一杯にらみつけてやったが,口論しても始まらないので鼻先を横断してその場を去った.この辺りは街灯が何本も立って真昼のように明るいところだし,自転車のライトも点灯していたのだから,「見えなかった」という言い逃れは通用しない.こんなこともあろうかと,お酒を控えめにしていたのは正解だったようだ.
K市に出たのがおよそ午前1時頃,そこから部屋まで約1時間の国道沿いにネットカフェがあるはずだったが,見つからない.かなり距離感が狂ってしまっている.実際にはもっとずっと私の町よりだった.ネカフェは2時で閉店だと言う.そのくらいの時間があれば十分なので入ることにして,ビールを頼み8時間振りにブログにアクセスする.いつもはフラットな液晶を使っているので,久しぶりにCRTに向かうと画面が極端に湾曲しているのでそれだけでどっと疲れが出る.IEの動作がおかしく,すぐにクラッシュしてしまうのでTBを数箇所送っただけであきらめた.そこを出た後,部屋の近くのコンビニで食料を調達するつもりでいたが,マンションに変わっていた.部屋に着くと,もう一台の自転車が待っていたことはすでに書いた.ドアの鍵穴にカギを差込み半回転,ノブを回すとカギが外れている.不思議でも何でもないのだが,なぜかうれしい.
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by exod-US
| 2007-08-06 18:07
| 我が命運の尽きる日まで
















