2007年 08月 04日
身辺雑記(10):サイクルツーリング.気分は復員兵,入間川の畔にて,信号交差点から花火見物など
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もう書くこともあまり残っていないのだが,選挙投票日前日三多摩から北関東までの自転車ツーリングの印象を書き止めておきたい.自転車で帰ることだけは決めていたが,時期は未定だった.当初は告示日を過ぎたら直ぐにでも帰るつもりでいたが延び延びになって,気が付くと何時の間にか投票日の前日になっていた.出発が遅れたのは結局ブログから手を抜けなかったということのようだが,雨が降り続いていたというのも理由の一部ではあったかもしれない.
私のブログをワッチしている読者ならお気付きのように,23日辺りから急にアクセスが増え始め,24日にはピークの5762を記録した.最初は何が起こったのか訳が分らなかったが,ほどなく《きっこの日記》からリンクされていることが判明した.ピークを過ぎてからはなだらかに減少していったが,投票日直前になってもまだ平常よりは高い水準を保っていた.期待はしていなかったが,投票日前日にもう一度おまけのリンクを張ってもらったので28日,29日にはそれぞれ3535と2599を記録した※.私はこれでほぼ「この選挙には勝てる」という確信を得た.
※政治ブログランキングでは35位まで上昇した.以前は集中すれば150位辺りからトップ50位のボックスまで一週間くらいあれば駆け上ることができたのだが,最近は層が厚くなったため,高位に上昇するのはとても難しくなっている.ブログランキングは凧上げと同じで,低位にいるときは,走らなくては上がらないが上位に付けると後は糸を手繰っているだけでポジションをキープできるという仕掛けになっている.今回はきっこ(というより「きっこ様」だね)の手助けで50位以内に入ったが,またいつかここに戻る日があるかどうか,確信が持てない.
きっこがここまで知ってるかどうか分らないが,昔吉原には「裏を返す」という言葉があった.これは,フリで入って「初会」に付いた遊女を次回同じ店に行った時に指名することを言う.この「初会」と「二会目」の間にあまり間を置かないのが作法だ.これは今風のお店でも通用するルールかもしれない.この意味できっこは作法通り裏を返してくれたみたいなのだが,該当記事はなぜかすでに削除されているようなので,「馴染み」になるまでのハードルはまだかなり高そうだ.(正式には三会目になって初めて馴染みになり,ようやく同衾できることになるらしい…)
A市街に出かけて預金を全額引き落とし(預金通帳紛失の届けはまだ出していないので,通帳を持っているのならATMでこの金額を~興味があれば~確認できる),部屋に戻って身支度してから午後5時過ぎ出発した(28日).途中ダイソーに寄ってチェックの半そで(500円)と白のTシャツ,ソックス2本(各100円)を購入(洗濯物は水に漬けたまま.帰ってから洗濯することにした).下は黒の半ズボン,元は白かったズック.灰色の地味な作業帽をかぶると,気分は『復員兵』だ.「△▽二等兵ただいま還りました.これより参院選投票に行って参ります!」 着ていったTシャツは本来は黒だが,ブリーチがかかったため背中がまだらに色落ちしている.
三多摩から北関東まで多少の起伏はあるが基本的には下り勾配だから,ただひたすら下り降りるという楽チンな旅だ.汗をかいてもすぐに涼やかな夕風が吹き飛ばしてくれる.しばらく自転車で遠乗りしていなかったが一時間もこぐと,眠っていた筋肉も目を覚まして自転車と一体化し徐々に柔らかなマシーンとして作動し始める.無段のママチャリだがとても軽く,結構スピードも出る.一応地図をチェックしておいたので299号線を下り,約2時間後には入間川を渡る橋に出た.右岸にはちょっとした森とみまがう小奇麗な親水公園がありベンチの並んでいるのが見えたが,すでに橋に進入していたのでそのまま渡りきり,対岸から水辺に下りていった.

写真は国道299号の狭山市と入間市境界に架かる豊水橋.私の渡った橋は多分これに間違いないと思うが,写真で見ると右手に「堰」が見える.私はある理由で「堰」が大好きなので,それと知っていれば迷わずこちら側で休んだのだが,左側を通っていたので気付かなかった...
私は旅先で神社・仏閣に参拝するということはほとんどないが,その代わりに水のあるところには必ず出向いてあいさつすることにしている.ワシントンDCに行ったときはまる一日掛けてポトマックを水源まで遡ったりもした.原始以前の動物がまだ陸地に上がる前の水中生活の記憶が残っているのかもしれないが,かと言って泳ぎはあまり得意ではない.羊水はほぼ海水成分に等しいと言われているので,女性の身体には「海」が残っていると言えなくもない.水が女性的なるものを表象していることは直感的にも確かであるように思われるが,私が「水」に対面するときにはその土地を支配する女神にあいさつしているという感覚が私にはある.
川辺で私を迎えてくれたのは,花火だった.運動会でよく使われるようなただ炸裂して5発連続して雷鳴を轟かせるだけの音花火だが,見るとちゃんと色変わりして小さいけれどそれなりの「華」が開いている.私はナップサックから焼酎を詰めた280ミリのペットボトルを取り出し,水面が見えるところまで降りて水際に座り込むと煙草に火を点けた.何十羽という蝙蝠が薄明の月明かりの中,薄い羽で羽ばたきながら水面への下降・上昇を繰り返している.「グルグルグルグルグル」と5段階で鳴いているのはトノサマガエルだろうか?時々どちらからともなくまだ眠りに就くには早い鳥たちのざわめきが起こる.遠くからは夜祭りのサウンドが風に乗って届く.
何かたまらない幸福感に包まれる.光は満ち溢れて涅槃を彩る黄金周波数帯に変移し,あらゆる雑音を混合して生成されたホワイトノイズはそれ自体天上の音楽の崇高を例証する普遍の一部として瞬時も途絶えることなく通奏される.確かに「昔」はこんなだったと思う.私は「古きよき日本」が密やかに復活しているのを感じた.それはある種の「霊的な充溢」と呼ばれるのが相応しい.晴れやかで満ち足りた田園に生きることの無上の歓喜と言うべきだろうか?私は安倍晋三の「美しい国」というキャッチフレーズが必ずしも出まかせであったとは思わない.しかし,それはもちろん,「暴力=強制」と「やらせ」で達成できるような課題ではなかった.フルムーンに近い月は半ば雲に隠れていたが,日没よりも前に上がっていたので十四夜と推定できる※.
※この日の月齢は13.6(標準時正午)なので,十三夜とすべきかもしれないが,旧暦日付=(月齢+1)の整数部という計算式に当てはめると,十四夜で正しいということになる.これにこだわるのは,《カナダde日本語》で30日を満月としているためだ.この日の月齢は15.6なので,旧暦では十六夜に当たり,旧暦の十五夜は7月29日投票日当日というのが結論だ.
突然,運動部に所属する女子学生たちがトレーニングでキャンパス周辺を駆け巡っているような「ファイト!ファイト!」という掛け声に耳を奪われる.かなりの集団のように聞こえたのだが,見ると橋の上を小学生の女の子2人が掛け声を掛けながら走るシルエットが見える.多分姉妹なのだろう.少し後ろの方から,「お兄ちゃん」とおぼしき男の子が追いつこうとして全速疾走してくるが,距離は思ったほどには詰まらない.男の子は橋の中央付近まで来ると何を思ったか急に立ち止まり,橋の欄干にあごを載せて川面を流れる水を眺めている.その間およそ数秒.と,また思い返したかのように妹たちの方を追い始めた.女の子たちはその間も「ファイト!ファイト!」の掛け声を止めずに走り続け,もう大分向こうの方に行ってしまっている.
予定では入間市から真っ直ぐ坂戸に下りてできるだけ平坦なコースを通るつもりでいたのだが,どこかで標識を読み間違えて結局ずっとハイランドコースを辿ることになってしまった.舗装は一部市街の横にならないと通れないくらい狭い舗道を除いてはそれほど悪いコースではなかったが,昔の街道を舗装しているだけなので,登り降りがかなりあり相当に難儀した.通過する街はどこも土日にかけてお祭りになっているらしく,注連縄を張って行灯が軒ごとに並び,浴衣でガングロの女の子たちにあちこちで出くわす.あれはどこの町だったか?「日高」だったような気もするが...街角に女たちが出て花火見物をしていた.街中(まちなか)の家込みの信号交差点という奇妙なポイントなのだが,ちょうどその位置から見ると花火が上がるところだけ障害物が途切れて水平線から花火が上がるのが見えるという絶好の場所だ.
辺りも暗くなりそろそろコースに自信を持てなくなってきたので,私はそこで自転車を止めて道を尋ねることにした.直ぐ前に大きな割烹があり,花火見物していたのはそこのお上と仲居さんたちだ.割烹の女たちが街中で和装して花火を見ている図は結構絵になっている.仲居たちはみな若くて半被のようなものを着ていたがどうもいまいちフィットしていない.多分背が高すぎるからだろう.私はどちらかというと若い女の子は苦手なので,お上の方を向いて声を掛けその道が「飯能寄居街道」でともかく直進すればよいということだけ教えてもらった.花火一発分だけお付き合いして直ぐにコースに戻ったが,大輪がかなたの空一杯に広がる図柄が目に焼き付いた.
出てくるときに軽く食事してはいたが,いよいよ山道を行くしかないということがはっきりしたので,峠と思しきところでラーメン屋を見つけて入った.こんなところにこんな店がと思うような垢抜けた店で,カウンターに張ってあるロゴは「店内禁煙」であることをさり気なくアッピールしている.息子とその母親でやっているようだが,母親の方はその立ち居振る舞いから田舎に引っ込むまでかなり長い「都暮らし」を経験しているように思われた.勘定(安くなかったよ~,というより私普段はまったく外食してないので…汗)を払って出口に向かうところで背後からその母親に「汗をかかれましたか?」と声を掛けられた.Tシャツの色落ちしてムラになったのを汗と見間違えられたのだが,ちょっとばかりこそばゆかった.私はもう誰かが私の身なりに興味を持つなどということはまったく想定していないので,いつも「出たらめ」な格好をして街を歩いていたから…
蛇足になるかもしれないが,ここはどっちみち私のブログなのだから勝手なことを書かせてもらおう.私はここでこの歌を引くことは決して場違いでないばかりか,この[特別な]日の私の印象をよくまとめていると思うのだ.与謝野晶子,「みだれ髪」のうち「臙脂紫」より,
清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき
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私のブログをワッチしている読者ならお気付きのように,23日辺りから急にアクセスが増え始め,24日にはピークの5762を記録した.最初は何が起こったのか訳が分らなかったが,ほどなく《きっこの日記》からリンクされていることが判明した.ピークを過ぎてからはなだらかに減少していったが,投票日直前になってもまだ平常よりは高い水準を保っていた.期待はしていなかったが,投票日前日にもう一度おまけのリンクを張ってもらったので28日,29日にはそれぞれ3535と2599を記録した※.私はこれでほぼ「この選挙には勝てる」という確信を得た.
※政治ブログランキングでは35位まで上昇した.以前は集中すれば150位辺りからトップ50位のボックスまで一週間くらいあれば駆け上ることができたのだが,最近は層が厚くなったため,高位に上昇するのはとても難しくなっている.ブログランキングは凧上げと同じで,低位にいるときは,走らなくては上がらないが上位に付けると後は糸を手繰っているだけでポジションをキープできるという仕掛けになっている.今回はきっこ(というより「きっこ様」だね)の手助けで50位以内に入ったが,またいつかここに戻る日があるかどうか,確信が持てない.
きっこがここまで知ってるかどうか分らないが,昔吉原には「裏を返す」という言葉があった.これは,フリで入って「初会」に付いた遊女を次回同じ店に行った時に指名することを言う.この「初会」と「二会目」の間にあまり間を置かないのが作法だ.これは今風のお店でも通用するルールかもしれない.この意味できっこは作法通り裏を返してくれたみたいなのだが,該当記事はなぜかすでに削除されているようなので,「馴染み」になるまでのハードルはまだかなり高そうだ.(正式には三会目になって初めて馴染みになり,ようやく同衾できることになるらしい…)
A市街に出かけて預金を全額引き落とし(預金通帳紛失の届けはまだ出していないので,通帳を持っているのならATMでこの金額を~興味があれば~確認できる),部屋に戻って身支度してから午後5時過ぎ出発した(28日).途中ダイソーに寄ってチェックの半そで(500円)と白のTシャツ,ソックス2本(各100円)を購入(洗濯物は水に漬けたまま.帰ってから洗濯することにした).下は黒の半ズボン,元は白かったズック.灰色の地味な作業帽をかぶると,気分は『復員兵』だ.「△▽二等兵ただいま還りました.これより参院選投票に行って参ります!」 着ていったTシャツは本来は黒だが,ブリーチがかかったため背中がまだらに色落ちしている.
三多摩から北関東まで多少の起伏はあるが基本的には下り勾配だから,ただひたすら下り降りるという楽チンな旅だ.汗をかいてもすぐに涼やかな夕風が吹き飛ばしてくれる.しばらく自転車で遠乗りしていなかったが一時間もこぐと,眠っていた筋肉も目を覚まして自転車と一体化し徐々に柔らかなマシーンとして作動し始める.無段のママチャリだがとても軽く,結構スピードも出る.一応地図をチェックしておいたので299号線を下り,約2時間後には入間川を渡る橋に出た.右岸にはちょっとした森とみまがう小奇麗な親水公園がありベンチの並んでいるのが見えたが,すでに橋に進入していたのでそのまま渡りきり,対岸から水辺に下りていった.

写真は国道299号の狭山市と入間市境界に架かる豊水橋.私の渡った橋は多分これに間違いないと思うが,写真で見ると右手に「堰」が見える.私はある理由で「堰」が大好きなので,それと知っていれば迷わずこちら側で休んだのだが,左側を通っていたので気付かなかった...
私は旅先で神社・仏閣に参拝するということはほとんどないが,その代わりに水のあるところには必ず出向いてあいさつすることにしている.ワシントンDCに行ったときはまる一日掛けてポトマックを水源まで遡ったりもした.原始以前の動物がまだ陸地に上がる前の水中生活の記憶が残っているのかもしれないが,かと言って泳ぎはあまり得意ではない.羊水はほぼ海水成分に等しいと言われているので,女性の身体には「海」が残っていると言えなくもない.水が女性的なるものを表象していることは直感的にも確かであるように思われるが,私が「水」に対面するときにはその土地を支配する女神にあいさつしているという感覚が私にはある.
川辺で私を迎えてくれたのは,花火だった.運動会でよく使われるようなただ炸裂して5発連続して雷鳴を轟かせるだけの音花火だが,見るとちゃんと色変わりして小さいけれどそれなりの「華」が開いている.私はナップサックから焼酎を詰めた280ミリのペットボトルを取り出し,水面が見えるところまで降りて水際に座り込むと煙草に火を点けた.何十羽という蝙蝠が薄明の月明かりの中,薄い羽で羽ばたきながら水面への下降・上昇を繰り返している.「グルグルグルグルグル」と5段階で鳴いているのはトノサマガエルだろうか?時々どちらからともなくまだ眠りに就くには早い鳥たちのざわめきが起こる.遠くからは夜祭りのサウンドが風に乗って届く.
何かたまらない幸福感に包まれる.光は満ち溢れて涅槃を彩る黄金周波数帯に変移し,あらゆる雑音を混合して生成されたホワイトノイズはそれ自体天上の音楽の崇高を例証する普遍の一部として瞬時も途絶えることなく通奏される.確かに「昔」はこんなだったと思う.私は「古きよき日本」が密やかに復活しているのを感じた.それはある種の「霊的な充溢」と呼ばれるのが相応しい.晴れやかで満ち足りた田園に生きることの無上の歓喜と言うべきだろうか?私は安倍晋三の「美しい国」というキャッチフレーズが必ずしも出まかせであったとは思わない.しかし,それはもちろん,「暴力=強制」と「やらせ」で達成できるような課題ではなかった.フルムーンに近い月は半ば雲に隠れていたが,日没よりも前に上がっていたので十四夜と推定できる※.
※この日の月齢は13.6(標準時正午)なので,十三夜とすべきかもしれないが,旧暦日付=(月齢+1)の整数部という計算式に当てはめると,十四夜で正しいということになる.これにこだわるのは,《カナダde日本語》で30日を満月としているためだ.この日の月齢は15.6なので,旧暦では十六夜に当たり,旧暦の十五夜は7月29日投票日当日というのが結論だ.
突然,運動部に所属する女子学生たちがトレーニングでキャンパス周辺を駆け巡っているような「ファイト!ファイト!」という掛け声に耳を奪われる.かなりの集団のように聞こえたのだが,見ると橋の上を小学生の女の子2人が掛け声を掛けながら走るシルエットが見える.多分姉妹なのだろう.少し後ろの方から,「お兄ちゃん」とおぼしき男の子が追いつこうとして全速疾走してくるが,距離は思ったほどには詰まらない.男の子は橋の中央付近まで来ると何を思ったか急に立ち止まり,橋の欄干にあごを載せて川面を流れる水を眺めている.その間およそ数秒.と,また思い返したかのように妹たちの方を追い始めた.女の子たちはその間も「ファイト!ファイト!」の掛け声を止めずに走り続け,もう大分向こうの方に行ってしまっている.
予定では入間市から真っ直ぐ坂戸に下りてできるだけ平坦なコースを通るつもりでいたのだが,どこかで標識を読み間違えて結局ずっとハイランドコースを辿ることになってしまった.舗装は一部市街の横にならないと通れないくらい狭い舗道を除いてはそれほど悪いコースではなかったが,昔の街道を舗装しているだけなので,登り降りがかなりあり相当に難儀した.通過する街はどこも土日にかけてお祭りになっているらしく,注連縄を張って行灯が軒ごとに並び,浴衣でガングロの女の子たちにあちこちで出くわす.あれはどこの町だったか?「日高」だったような気もするが...街角に女たちが出て花火見物をしていた.街中(まちなか)の家込みの信号交差点という奇妙なポイントなのだが,ちょうどその位置から見ると花火が上がるところだけ障害物が途切れて水平線から花火が上がるのが見えるという絶好の場所だ.
辺りも暗くなりそろそろコースに自信を持てなくなってきたので,私はそこで自転車を止めて道を尋ねることにした.直ぐ前に大きな割烹があり,花火見物していたのはそこのお上と仲居さんたちだ.割烹の女たちが街中で和装して花火を見ている図は結構絵になっている.仲居たちはみな若くて半被のようなものを着ていたがどうもいまいちフィットしていない.多分背が高すぎるからだろう.私はどちらかというと若い女の子は苦手なので,お上の方を向いて声を掛けその道が「飯能寄居街道」でともかく直進すればよいということだけ教えてもらった.花火一発分だけお付き合いして直ぐにコースに戻ったが,大輪がかなたの空一杯に広がる図柄が目に焼き付いた.出てくるときに軽く食事してはいたが,いよいよ山道を行くしかないということがはっきりしたので,峠と思しきところでラーメン屋を見つけて入った.こんなところにこんな店がと思うような垢抜けた店で,カウンターに張ってあるロゴは「店内禁煙」であることをさり気なくアッピールしている.息子とその母親でやっているようだが,母親の方はその立ち居振る舞いから田舎に引っ込むまでかなり長い「都暮らし」を経験しているように思われた.勘定(安くなかったよ~,というより私普段はまったく外食してないので…汗)を払って出口に向かうところで背後からその母親に「汗をかかれましたか?」と声を掛けられた.Tシャツの色落ちしてムラになったのを汗と見間違えられたのだが,ちょっとばかりこそばゆかった.私はもう誰かが私の身なりに興味を持つなどということはまったく想定していないので,いつも「出たらめ」な格好をして街を歩いていたから…
蛇足になるかもしれないが,ここはどっちみち私のブログなのだから勝手なことを書かせてもらおう.私はここでこの歌を引くことは決して場違いでないばかりか,この[特別な]日の私の印象をよくまとめていると思うのだ.与謝野晶子,「みだれ髪」のうち「臙脂紫」より,
清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき
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by exod-US
| 2007-08-04 23:38
| 我が命運の尽きる日まで
















