2007年 06月 20日
身辺雑記(2):今年はビワの実が一つも成らなかったこと,隣室のくの一が出て行ったことなど
|
今年は私の窓越しに見えるビワの木に1個も実がならなかった.いや,「1個も」というのは正確さに欠ける.ほんの数個ばかり実を付けていたことは確認された.少なくとも大きなカラスが飛んできてゆさゆさ葉叢を揺らしながら枝先にあった1個をくわえて持っていったのを目撃しているし,隣家の夫婦が下の方で何やら大きな物音を立てながら手の届くところからいくつかもいでいたのは知っている.私自身は実を付けるどころかまだ花の咲く時期が来ていないのだと思い込んでいた. 私がこのビワの木をどれほど愛し,この花の開花をどれほど待ち焦がれていたかもちろん誰も知らない.去年つまりここに来てはじめての6月は豊作だった.この半日陰の狭い路地に生い立った貧相なビワの木には産毛に被われたオレンジ色の果実が身の程知らずと言ってもよいほどたわわにぶら下がり豊饒で多産な大地の恵みを人知れず誇っていた.昼間は入れ替わり訪れる様々な鳥たちの群れで一しきり賑わい,夜中にはどこからともなく雌雄のハクビシンが現れて混み入った枝を優美に渡り,細い枝先に肢体の重みを預けてはありあまる果実の水蜜な味覚をこっそりと楽しんでいた.「私はこのビワの実が成るのをもう一度見ることがあるだろうか」とどこかに書いていたはずだ.「それまで私は生き延びることができるのか?」
思えば一年はあっという間に過ぎてしまった.私はまだここにいて,ビワの花が咲かなかったことにさえ気付かなかった.ビワの花が開く前にしぼんでしまったことに私は気付かなかったが,出窓のところに置いてあった水栽培の大根葉が丸ごと枯れてしまっていたのに気付いたときは,予想外でもありショックだった.スーパーで売っている大根に付いている葉はほとんど茎の部分が長くても5センチくらいで切断されているが,この大根は葉っぱが丸ごとついて100円という破格の特売品だった.大根の根の部分は巣が入ってしまったがまだ少し残っている.
これまで野菜の水栽培に失敗した記憶がない.水栽培というのも大げさだが,たとえばトレーに残ったパセリを水を入れたコップに挿しておく程度のことだ.植物はたとえ短期ではあっても,水さえ与えれば一時的には復活してくれる.私の冷蔵庫は小さくて話にならないくらい非力なので,青野菜を延命させるのはささやかな生活技術の一端である.大根葉が一株あれば味噌汁の具にして小ナベで3回分はある.ある日気付いたときには完全にしおれていた.この喪失感は結構大きかった.何か事態が気付かぬうちにとても悪い方向に進行している予兆を感じた.

ビワの話の連想から「くの一」という言葉を思い出した読者もおられるかも知れない.もう私の隣室には「くの一」はいない.つまり,私は現在「公安」の常時監視体制から解放された状態にある.出て行ったのは多分今年の3月頃だったと思う.このアパート専用の仮のゴミ集積所である電柱の根元に彼女が常駐していた期間に使っていた小ナベ類を置いて出て行った.ちょうど私の使っていた片手ナベに穴が開いてしまったところだったので,これ幸いと引き継がせてもらう.各種の小ナベ5個に大中小サイズ兼用のフタ一個.どんな暮らしぶりだったかは想像するまでもない.食器を使わない暮らし.コンビニのトレーとナベを食器代わりにしていたのだろう.
「監視されている」というのも不快なものだが,「監視が解ける」というのも結構さびしいものだ.その後,階下の真中の部屋に入居者があって3室埋まったが,それまでこのアパートは私と直下の若いお兄ちゃんだけになってしまった.かなり気詰まりで色の無い暮らしである.この男は短パラで夜中に私の方でシャワーや調理などの生活音を立てるとお返しにドーンと壁を蹴り上げて警告を発する.実に厄介な北朝鮮並に危険な隣人だ.面倒臭いので「勝負してやろうか」などと思ったこともあったが,最近は努めて夜中に騒音を立てないよう立ち居振る舞いに気を使うように方針を変えた.「無音」で行動するというのはある種の「修行」にならなくもない.
ここで暴露するのもややはばかられるところだが,私はこの若い男がプロパンガス代金をもう数ヶ月も滞納していることをある事情から知っている.家賃の方は分からない.ときどき干してある洗濯物の整序から推察しても,この若い男の生活の困難が単なる彼自身の「怠け」によるものではないと私は断定できる.ガスの供給が続いているのは一義的にガス屋さんの温情に依存している.現在の日本社会の底辺を支え全面崩壊を食い止めているのは,無残にも一部特権階級によって略取され完全に破壊された「国家(の成れの果て)」などではなく,このような最下層の人間たちの自己犠牲と他者への愛に支えられた不可視の相互扶助の仕組みである.
【最初から読む】,【戻る】,【続き】
←今日はここまで,続きを読みたい方はクリックをどうぞ!植物が言葉を話した? (オルタナティブ通信,2007-05-21)
拾得され警察に届けられていた貯金通帳とくの一たちの誕生パーティ,お湯が出るようになった話など(続き) (2006-08-01)
拾得され警察に届けられていた貯金通帳とくの一たちの誕生パーティ,お湯が出るようになった話など (2006-08-01)
【緊急指令】公安調査庁全職員に告ぐ: 直ちに水道・ガス・電気の供給停止世帯全国実態調査に着手せよ! (2006-07-01)
真夜中にハクビシン2匹がビワの実を食べに来た話 (2006-07-01)
迷い込んできた女王アリの優美な曲線と私の隣室のくの一たち (2006-06-27)
追伸:ハエと遊ぶ (後日談) (2006-06-14)
追伸:ハエと遊ぶ (2006-06-11)
「FHJ社ホームページ消失」虚報事件の真相:共謀罪衆院通過を目前に活発にうごめき始めた謀略部隊の活動 (2006-05-02)
by exod-US
| 2007-06-20 21:54
| 我が命運の尽きる日まで
















