2006年 08月 03日
『金正日体制は平和的に打倒すべきである』 by 高世 仁
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以下に掲載する記事は気鋭のジャーナリスト高世仁氏が2004年にアリエス(講談社)誌上で発表された論文からの抄録である.全文は正言@アリエスでオンライン・アクセスできる(無料).横田めぐみさんらしき女性を北朝鮮で目撃したという元工作員安明進( アン・ミョンジン)氏の証言を最初(1997年)に取材し,公表したのは他ならぬ高世仁その人である.
氏はハナ・アーレントの『全体主義の起源』に依拠して北朝鮮の金正日体制を「極めて特異な国家類型としての全体主義」であると規定し,その特徴を「あらゆる合目的的な考慮を徹底して無視」するような「何ものもそれと共存することができない唯一の統治形式」であることを示して,このような全体主義国家に対しては「譲歩や国際的威信によって正常な国際関係に引き戻すことは不可能」であり,「最終的には打倒するしかない」という結論に至る.
もとより氏はアメリカのイラク戦争に「断固」反対する確信的な護憲論者であり,戦争をプロモートする立ち位置にはない.果たして平和的に体制を転覆することは可能であろうか?しかも,内政干渉に渉らない方法でそれを実現することができるのだろうか?氏の提唱する戦略は実は米日仏などを含む国際社会が現に試みようとしている路線に一致する.つまり,住民の大量脱出を促進することにより体制を崩壊へ導くという一種の民主化プロセスである.
1989年はじめから、東ドイツから西ドイツに逃げる若者が増えていた。脱出ルートはいったんハンガリーにいき、ハンガリーの西部国境を越えて西ドイツに入るというもの。その年の9月11日ハンガリー政府は歴史的な決断を下し、人道的配慮によって西部国境を開放する。国境には若者が殺到し、2ヵ月後の11月9日にはあっけなく「ベルリンの壁」に穴が開いた。
北朝鮮が国境を接している国(地域)は韓国と中国である※.南北間境界は軍事境界線であるから,それを直ちに開放するという現実性は今のところ存在しない.従って,開放可能な境界は中国側国境線しかない.つまり,ここで提案されている北朝鮮民主化戦略は,ベルリンの壁におけるハンガリーの役割を中国に担わせようというものである.
※正確に言えば北朝鮮・ロシア間にはわずかながら国境を接している部分(約20キロ)がある.北朝鮮はこの区域,羅津(羅先)市一帯を経済特区に指定しているため,一般人はこの地域に立ち入ることすらできないので,事実上ロシア側に脱出することはできない.→参照
つい最近報道によって知られた事実によると,北朝鮮はこの区域(羅津経済特区)に大規模な煙草製造工場を造って大量の偽タバコを海外に密輸出している.偽タバコは非常に広範に出回っており,北朝鮮の合法的輸出額の8~16%(8000万~1億6000万ドル)にも達すると見られている.この偽タバコ密売には台湾・中国系マフィアが深くからんでいる模様.
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『金正日体制は平和的に打倒すべきである』
高世 仁(たかせ ひとし,ジン・ネット代表)
正言@アリエス
第三の道(略)
危機感を強める家族たち(略)
「正常化ありき」論の落とし穴(略)
金正日体制の打倒へ(前半略)
そもそも北朝鮮による拉致は、個人の犯罪者やギャング団によるものではなく、金正日の直轄工作機関がおこなった国家事業であり、隠蔽しつづけているのも金正日体制である。日本側が必死の努力で拉致事例をひとつひとつ掘り起こし、北朝鮮に問い合わせ、調査を要求する。こんなことをいくら繰り返しても、拉致問題の全面解決にはいたらない。
交渉はもちろん必要だ。とくに、国交正常化を、対北朝鮮交渉のもっとも大きな「切り札」として、各種制裁などの圧力と組み合わせ、できるかぎりの譲歩を北朝鮮から引き出す努力はつづけていかなくてはならない。しかし、北朝鮮相手に交渉だけで解決を図ることが、限界をもっていることははっきりしている。金正日が認める範囲内での「解決」しかありえないからだ。
拉致被害者家族会のメンバーには漁師さんもいるし、大工さん、ふつうのサラリーマンもいる。政治的にも特定の立場に属する人たちではないのだが、ほとんどが「金正日体制を打倒しなければならない」と言う。私も取材を通じて同じように考えるようになった。
北朝鮮による拉致問題を解決しようとすると、すぐに金正日体制という壁があらわれ、それを打倒しなければ完全な解決に近づけないからだ。
「金正日体制の打倒」というと、過剰反応する向きがあるから、ソ連・東欧の例にならって「民主化」という言葉を使うことにしよう。ソ連・東欧では、共産党政権の崩壊によってはじめて、これまで隠されていた権力犯罪や諜報活動の記録が暴かれ、歴史の闇にメスを入れることができた。拉致問題の解決のためには北朝鮮の「民主化」が必要なのだ。
「体制の打倒? ではお前は戦争をするのか」などと言われそうだがそうではない。私はイラク戦争に反対だったし、北朝鮮にたいしてもあくまで戦争以外の道で体制の「民主化」をめざしていかなければならないと考えている。
ふつうの独裁とふつうでない独裁
私は、ジャーナリストの仕事を一九八〇年代前半の東南アジアで始めた。フィリピンとインドネシアにはマルコス、スハルトという開発独裁の二大巨頭が健在で、取材でまわるのは独裁とか専制などと呼ばれる国ばかり。ミャンマーは軍事政権だし、中国、ベトナム、ラオスは共産党の一党独裁、台湾やシンガポールもある種の独裁といってよかった。
さまざまな独裁政権を見てきた私の目から見て、金正日体制はまったく異質だった。これに匹敵するのは、カンボジアのポルポト政権しかないと思った。他の独裁国では、反政府ゲリラの支配区、あるいは教会や寺院を隠れ蓑にした抵抗活動があった。何より、きびしい弾圧の下にあっても、「権力」を感じさせない自由な空間と雰囲気が社会のなかに存在した。

画像:<ポルポトの虐殺革命>泥にまみれて累々と散らばる白骨の群れ
北朝鮮から逃げてきた人の証言で、かの国では、ラジオはひとつの放送局しか聞けないようにすべてチューナーが固定されているという話を聞いたとき、そこまでの統制をやる国があるのかとはじめは耳を疑った。だが、そういう国家だったからこそ、二十何年も拉致被害者の存在を隠蔽することが可能だったのだ。
私は、北朝鮮を「独裁」と表現することに大きな抵抗を感じた。まったく違ったものを同じ「独裁」という語でくくると、誤った理解に導いてしまうと思ったからだ。
後になって、ハナ・アーレントの『全体主義の起原』(みすず書房)を読んで、「ああ、これだったのか」とはじめて腑に落ちた。アーレントはナチズムとスターリニズムの二つを、まったく新しい「国家形式」としての「全体主義」と位置づけ、「独裁」とも「専制」とも異質のものだと何度も何度も強調している。それは、国民すべてがまるで「一人の人間をなすかのように」組織される、「あらゆる新しい統治形式のうちで最も恐ろしい」ものである。
自己目的化される弾圧と収容所
テロルこそ全体主義の本質であるとアーレントは言う。その特徴をこう書いている。
「テロルは国内における反対派の衰退とともに衰えず、反対に強化される」
常識的に考えれば、政敵なり階級敵がいなくなれば、弾圧をする必要はないはずだ。ところがソ連では、「闘う相手も残っていない」と党大会で勝利宣言をした一九三四年に、本格的な粛清がはじまるのである。収容所がどんどん作られ、一九三五年から四一年までの六年間で、収容所人口は九十六万五千人から百九十三万人へと倍増している。そして、処刑や流刑地追放などさまざまな弾圧の結果、二千万人の命が奪われたのである(クルトワ他『共産主義黒書』恵雅堂出版)。
ナチスもしかりで、ユダヤ人を含む多くの人びとの殺戮には反対派の弾圧という合理的な目的はない。いないはずの「敵」が大量に逮捕され、人民抑圧が自己目的のようにおこなわれた。こうして、全体主義国家では、テロルは、無差別にすべての国民におよぶようになる。そのテロルの中心に強制収容所がある。
この記述を読んだとき、私はポルポト政権のことを思った。権力を握った直後に、旧政権の官僚や軍人を抹殺し、まとまった勢力としての敵がいなくなったはずなのに、ますます弾圧は激しくなる。人口の何パーセントかは「内部にもぐりこんだ敵」だと各地方に逮捕のノルマを課して、敵を作り出すことまでやっている。

画像ソース→http://members.jcom.home.ne.jp/invader/works/works_8_d.html
北朝鮮の抑圧体制も同じような特徴が見られると言うのは、人権NGO「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」名誉代表の小川晴久さん(二松学舎大学教授)だ。
金日成(キム・イルソン)はソ連軍に所属し、日本の降伏後、ソ連に従順な点を買われて権力の座に据えられた。ソ連の後ろ盾を頼みに、金日成は有力なライバルをつぎつぎに粛清していく。南労党派、ソ連派、延安派など党内の主要な勢力を一掃し、金日成が独占的に権力を握った五八年、すべての国民を核心階層、中間階層、敵対階層に分類する事業を三年にわたっておこなった。政治犯収容所というものが建設されるのは、このころかららしい。
(中略)
これは、さきにあげた全体主義の特徴と同じである。まとまった勢力としての敵が打倒され、絶対的な権力が確立されたのちに、抑圧をさらに厳しくしていく。こうして、テロルが社会全体に無差別におよんでいくのである。
家族がいつの間にか収容所に(略)
共存できない体制
全体主義国家は、「何ものもそれと共存することができない唯一の統治形式」だとアーレントは言う。我々の世界とは一緒にやっていけないというのだ。同感である。
ヒトラーとスターリンの行動には非常に多くの共通点がある。たとえば、重要な戦闘を遂行しながら、その一方で有能な軍人を大量に粛清するという愚を犯している。軍事力を強化するという合理性を一片も考慮していない。「あらゆる合目的的な考慮の徹底した無視」が全体主義の特徴のひとつである。
ふつうの独裁政権なら国益で誘導することもできるが、合理性をまったく無視する全体主義国家にはその方法も通用しない。アーレントは、一九三八年のミュンヘン協定でヒトラーに宥和政策を採って失敗した経験を例にとって、「譲歩」や「国際的威信」をもってしても全体主義国家を「正常な国際関係に引き戻すことは」不可能であると言う。もし、全体主義国家が交渉に乗ってきたとしても、それは一時の戦術(マヌーバー)にすぎない。全体主義国家と交渉で何かを解決することは原理的に無理なのである。
こうしてアーレントは、全体主義国家は最終的には打倒するしかないという結論にいたる。
ところで、日本にある北朝鮮にかかわるNGOは、拉致、「帰国者」、日本人妻、政治犯収容所、脱北者・難民など、それぞれのテーマで活動している。そして、どのテーマであっても、活動するなかで、メンバーの多くが自然に金正日体制打倒論者になっていく。
さまざまな問題が噴出してくるのは、個別の政策が原因ではなく、金正日体制の存在そのものが基になっており、そこを変えないと問題が解決しないと気づかされるからである。
最大の被害者は在日(略)
三百七十万人の餓死
北朝鮮では食糧不足でたくさんの餓死者が出ている。これは、北朝鮮の体制崩壊を招かないのだろうか。
北朝鮮人口のおよそ一五パーセントにあたる三百七十万人が餓死したという数字がある。これは、一九九八年に韓国の仏教団体「同胞助け合い仏教運動本部」が推計したものだ。
この団体は、中国側に逃げてきた難民千六百九十四人にひとりひとり聞き取り調査をおこなった。その結果、北朝鮮に大洪水が起こった一九九五年八月から一九九八年七月までの三年間で、調査対象難民の親族九千二百四十九人のうち、二八・七パーセント、つまり三割近くが餓死または栄養失調によって死亡したことが判明した。北朝鮮の人口二千二百万人から、食糧に恵まれた特権層や農民を除いた千三百万人にこの死亡率を当てはめ、総計三百七十万人という数字を出している。いちばん酷かったのが一九九七年で、死者の半分以上がこの年に集中していたという(萩原遼『拉致と核と餓死の国 北朝鮮』文春新書)。

画像:家族も,靴すらもないコッチョビ(浮浪児)たち(撮影2004年7月)
にわかに信じがたい数字だが、これを裏づけるのが、労働党の最高幹部のひとりだった黄長燁(ファン・ジャンヨプ)元書記の証言だ。彼は、労働党中央に上げられた情報から、一九九五年に五十万人、一九九六年には十一月中旬現在で百万人が餓死したことを知った。翌一九九七年は、飛びぬけて厳しい年でもっと多くの餓死者が出たはずだ。すると、三年間では、上の団体の推計と近い数字になるだろう(黄長燁『金正日への宣戦布告』文藝春秋)。
私自身も一九九〇年代後半以降に脱北した人に、三十人くらい会って話を聞いているが、とくに都市部で驚くほどたくさんの人が餓死したのは間違いない。餓死を免れた多くの人も慢性的な栄養失調の状態だ。
人口の一五パーセントが餓死しても政権が倒れないのは不思議な気がするが、じつは、全体主義国家は大量死では倒れないのが歴史的事実なのだ。最近の研究では、ソ連では一九三二~三三年の一年だけで六百万人を餓死させている。大躍進の時期(一九五八~六〇)の中国は、全体主義と規定してもよいと思うが、二千万~三千万人が飢餓で命を落としたとされる。ポルポト政権の場合、餓死、衰弱死などで住民の四分の一が死んでも権力は維持された。
大量の飢餓死だけでは、北朝鮮の体制は倒れそうもない。
これまでに全体主義を解体させた要因を挙げるとこうなる。
○スターリニズム……スターリンの死で緩やかに解体に向かう(アーレントの解釈)
○ナチズム……戦争で打倒される
○マオイズム……毛沢東の死と四人組逮捕による権力移行で緩やかに解体に向かう(筆者の解釈)
○ポルポト政権……ベトナムの軍事力で打倒される
こうしてみると、これまでに全体主義を変えた要因は、戦争か、あるいは権力を独占する「指導者」(頂点の権力者にこの用語が使われるのも全体主義に共通しているのだが)の死しかない。
はたして、戦争以外の手段で金正日体制を崩壊させることは可能なのだろうか。以下、その方法についてのヒントを探してみようと思う。
日本は戦略をもて(略)
経済破綻による「ほころび」
金正日が日本のカネに固執する背景には、もちろん経済の破綻がある。
脱北者によると、北朝鮮ではすでに八〇年代から配給が滞りはじめていた。北朝鮮の配給は、日本人が想像するよりはるかに重要で品目は広範囲に及んでいる。北朝鮮の配給手帳を見ると、穀物や味噌・醤油などの調味料、魚、肉など食料品のほか、タオルや靴、ハブラシなど多くの日用品までが配給品となっている。配給がなくなれば、すべてを高額のヤミ市でまかなわなければならない。
北朝鮮では二〇〇三年から、ヤミ市を公認した。前向きの「改革」ではなく、配給制度が完全に崩壊し、経済をコントロールできなくなった金正日政権が「現状」を仕方なしに認めたものである。

画像→闇市場で売られている国際援助物資のとうもろこし(撮影2004年7月)
中朝国境から北朝鮮の内部事情を取材してきたジャーナリストの石丸次郎さんは、こうした事情が、北朝鮮国内に大きな変化を起していると語る。
市場で売られる商品は中国製に席巻され、食料品や衣料、電器などあらゆる日用品がみな中国からやってくる。国境近くでは、携帯電話をもつ人が増え、中国からさまざまな情報が入るようになった。いまでは誰もが、中国や韓国の方が北朝鮮よりはるかに進んでいることを知っているという。外部世界に関する情報がかつてとは比較にならないほど流れ込んでいるのだ。
また、急激に貧富の差が広がり、極端な拝金主義が社会を覆っている。ワイロが横行し、旅行制限などを含む住民統制は大幅に緩んでいる。そして自分たちを食わせられない体制への忠誠心は、確実に弱まっているという。
過去には見られなかった「ほころび」が金正日体制に生じている。情報、住民統制、忠誠心における変化は、何かきっかけがあれば、住民が動き出す可能性を示唆するものだ。
北朝鮮の人権への国際的な関心
姜哲煥さんは、祖父母と両親が日本から北朝鮮に渡った帰国者だった。姜さんは、日本のシンポジウムに招かれてこういう発言をしている。「北朝鮮で、帰国者がいっぱい拉致されて、行方不明になっていった。北朝鮮で当たり前のことのように行なわれている拉致、強制収容所などのとんでもない不法行為、それが北朝鮮内にとどまらずに、外国にまで広がって、日本人拉致という犯罪行為を犯したんだと思います」(前掲『拉致と強制収容所』)
日本人拉致とは、国民を人間扱いしない理不尽な抑圧のあらわれのひとつで、収容所、帰国者などの問題と根っこは同じだというのである。
いま、日本人拉致問題をも含めながら北朝鮮の人権状況を問題にする動きが活発になっている。
国連も動きはじめた。
二〇〇四年四月十五日、第六十回国連人権委員会は、対北朝鮮人権決議を去年にひきつづき採択した(五十三ヵ国が投票、賛成二十九、反対八、棄権十六)。
この決議は、北朝鮮で「組織的かつ広範囲のゆゆしい人権侵害」がつづいていることに「深い懸念を表明」し、北朝鮮政府の情報提供と北朝鮮国内への立ち入り調査を求めている。拉致問題も人権侵害のひとつとしてこう記載されている。「外国人の拉致に関する未解決の問題すべてを、ただちにはっきりと明らかに解明すること」
この決議はEUが提案国で、日本はアメリカ、オーストラリアなどと並んで共同提案国となった。北朝鮮の核開発の問題では直接の当事者でないヨーロッパも、北朝鮮の人権の問題については、大きな関心を払っている。
二〇〇四年の人権委員会決議には画期的な内容があった。北朝鮮の人権状況を調べて報告する「特別報告官」を設けるよう求めていることだ。
また、北朝鮮の強制収容所に関心をもつ団体や個人は、北朝鮮の収容所に国連の査察を入れよという主張をしはじめている。核の査察ではなく「人権査察」である。もし、国連の査察がおこなわれることになれば、国際的な制裁の可能性につながってくる。
北朝鮮は、人権を旗印にした国際的な圧力を受けはじめたのである。
金正日を国際法廷へ(略)
東欧崩壊からの教訓(略)
アメリカの金正日打倒法
北朝鮮の民主化を願う人びとの注目を集める法律がある。二〇〇四年十月四日にアメリカ議会で可決された「北朝鮮人権法」である。北朝鮮にたいするアメリカの関心が、核から人権問題へも及んできていることを示すものであるが、画期的なのは、この法律が北朝鮮の体制変更を明確に視野に入れていることである。
冒頭に登場するのは、金正日への名指しの非難だ。「米国国務省によれば、北朝鮮の政権は、"金正日の絶対的統治の下にある独裁"であり、おびただしい数の深刻な人権侵害をおこないつづけている」
「目的」として挙げられるのは以下五点。
①北朝鮮における基本的人権の保護
②難民問題の人道的解決
③人道援助へのモニター活動、アクセス
④北朝鮮と外部との情報の自由な出入り
⑤民主的政治制度の下での平和的な南北統一への前進
すこしくわしく内容を紹介しよう。
この法律では北朝鮮の人権問題を、対北朝鮮交渉における「最重要の関心事」と位置づけただけでない。非常に具体的な施策を提起したうえで予算までつけている。
たとえば、北朝鮮の人権のために活動するNGOには毎年二百万ドルを援助する。
また、年間二百万ドルの予算をつけて「外国放送を受信できるラジオなど」を北朝鮮国内に増やす、つまり北朝鮮に短波ラジオをばらまく。これに対応して、一日十二時間の対北朝鮮ラジオ放送を開始するとし、法律の公布から四ヵ月以内に放送のくわしい計画を出すよう関係機関に求めている。本気で「結果」を求めていることがひしひしと感じられる。
人道援助は、NGOを通じた援助と北朝鮮政府へのそれは厳格に区別され、前者には年に一億ドルという破格の予算をつける一方、北朝鮮政府にたいしては、援助機関の北朝鮮国内への自由なアクセスや監視が実現できないかぎり、援助はいっさい与えないと明言する。
人道援助以外の援助、つまり一般に経済援助あるいは開発援助と言われるものについては、六項目の条件をつけ、これらに「実質的な進展が確認されないかぎり」いっさい禁止される。六項目のなかに在米コリアンと北朝鮮の親族との再会(第二項目)、監獄や労働キャンプ(収容所)の条件改善(第五項目)などと並んで、日本人拉致問題が二つの項目に登場する。
(3)北朝鮮に拉致された日本人および韓国人に関するすべての情報を開示すること
(4)これら拉致被害者が、家族とともに北朝鮮を離れ祖国に帰る完全な自由を与えること
ここには拉致を含む人権問題を梃子に、「事態」を動かそうとする強烈な意志がある。
ターゲットは中国
「北朝鮮人権法」の重点は、北朝鮮国内よりも脱北者・難民の扱いにあり、アメリカは過去のベトナム難民受け入れを踏襲するかたちで、北朝鮮難民の受け入れを約束している。難民が希望すれば、ほぼ無条件でアメリカに受け入れるという。米国での就職や永住などの手続きも、具体的に示している。

画像→中朝国境を流れる豆満江,水深は浅く徒歩でも渡れるくらい
北朝鮮の脱北者救援にかかわる複数の日本のNGOは、早くからこの法律に熱い眼差しを注いでいた。それらのNGOは、難民救援のカギが中国の姿勢を変えることにあり、中国が変われば一挙に北朝鮮難民のエクソダス(集団的国外脱出)を招いて北朝鮮体制崩壊の可能性が出てくると展望していた。「人権法」は、まさにそれを現実化する内容をもっているからだ。
中国に逃げてきた脱北者に「難民」はいない。こう言うとびっくりする人もいるが、中国の立場ではそうなるのである。国際的に保護される「難民」資格を認定するのはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)だが、中国は、UNHCRが脱北者に接触することを許していない。これでは「難民」認定ができない。脱北者は、モンゴルやベトナムなど第三国に密かに逃れたあとで、はじめてUNHCRに「難民」認定を受けている。
中国当局は脱北者を、不法な越境者として逮捕し、毎年数千人も北朝鮮に送還している。国際的な批判にも耳を貸さず、中国は、脱北者問題は中朝二国間で処理する問題だという態度を崩していない。
そればかりか、中国当局は、脱北者を支援するNGOまでも厳しく摘発している。二〇〇二年以来、日本のNGO活動家が拘束される事件が相次ぎ、ついには二〇〇四年、NGO「北朝鮮難民救援基金」の野口孝行さんが実刑判決を受けるにいたった。
この中国に「人権法」は強力な圧力をかけている。脱北者を北朝鮮に送還したり、UNHCRを脱北者に接触させない中国の現在の姿勢を名指しで非難し、UNHCRが脱北者に接触できるようにせよと要求している。そして、「中国が北朝鮮難民への責務を積極的に果たすならば」、難民関連でのコストについては援助するとして、硬軟両面で中国に迫っている。
すべての予算措置は二〇〇五年から二〇〇八年までとされている。「人権法」のほんとうの狙いが、二〇〇八年の北京オリンピックまでに中国の姿勢を変えることにあることを示唆している。
崩壊へのエクソダス(略)
本気になったアメリカ
「『北朝鮮人権法』は、世界で初めての『金正日体制打倒法』です。我々にとって、いまこそチャンスですが、同時にリスクも引き受けなくてはなりません」
こう語るのは、NGO「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」で活動してきた評論家の三浦小太郎さんだ。
早くから北朝鮮の平和的民主化を訴えてきた三浦さんは、アメリカが本気で北朝鮮の体制変更を検討しはじめたいま、急がなくてはならないと警告を発する。早く平和的手段で金正日体制を打倒しないと、アメリカが武力を使おうとする動きが出てきて、それを抑えられなくなる可能性があるからだ。
戦争を避けるためにも、民主化を急ごうというのである。重要な指摘であり、平和的民主化論者は心してこの警告を聞くべきだ。三浦さんは、アメリカを念頭において「武力を使おうとする動き」に警鐘を鳴らしているのだが、ここ数年、日本も相当きな臭くなっている。
アメリカはクリントン時代にサダム・フセインの打倒をめざし、一九九八年に「イラク解放法」を作っている。内容は「北朝鮮人権法」とはまったく違うのだが、その法律制定の五年後に、イラク戦争を起している。アメリカが本気になったことは、三浦さんのいうように、戦争へのリスクを近づけることにもなるのだ。
私が「人権法」を読んだかぎりでは、アメリカはまだ単独行動主義を取っておらず、国連や周辺国といっしょに行動するとして、国際協調を掲げている。日本は、アメリカとの関係、そして東アジアでの位置を考えれば、北朝鮮の平和的民主化のイニシアチブを取ることができる立場にあるはずだ。この好機に、日本はアメリカにたいし、共同して平和的な北朝鮮の体制変更をめざすことを明らかにすべきである。しかし、アメリカの武力への誘惑を抑えるには、まず日本がじっさいに北朝鮮民主化にむけた行動を起こすことが先決だろう。
金正日にも、また我々にも、あまり時間は残されていないのかもしれない。
民主化のコスト(略)
憲法前文にたちかえって(略)
氏はハナ・アーレントの『全体主義の起源』に依拠して北朝鮮の金正日体制を「極めて特異な国家類型としての全体主義」であると規定し,その特徴を「あらゆる合目的的な考慮を徹底して無視」するような「何ものもそれと共存することができない唯一の統治形式」であることを示して,このような全体主義国家に対しては「譲歩や国際的威信によって正常な国際関係に引き戻すことは不可能」であり,「最終的には打倒するしかない」という結論に至る.
もとより氏はアメリカのイラク戦争に「断固」反対する確信的な護憲論者であり,戦争をプロモートする立ち位置にはない.果たして平和的に体制を転覆することは可能であろうか?しかも,内政干渉に渉らない方法でそれを実現することができるのだろうか?氏の提唱する戦略は実は米日仏などを含む国際社会が現に試みようとしている路線に一致する.つまり,住民の大量脱出を促進することにより体制を崩壊へ導くという一種の民主化プロセスである.
1989年はじめから、東ドイツから西ドイツに逃げる若者が増えていた。脱出ルートはいったんハンガリーにいき、ハンガリーの西部国境を越えて西ドイツに入るというもの。その年の9月11日ハンガリー政府は歴史的な決断を下し、人道的配慮によって西部国境を開放する。国境には若者が殺到し、2ヵ月後の11月9日にはあっけなく「ベルリンの壁」に穴が開いた。
北朝鮮が国境を接している国(地域)は韓国と中国である※.南北間境界は軍事境界線であるから,それを直ちに開放するという現実性は今のところ存在しない.従って,開放可能な境界は中国側国境線しかない.つまり,ここで提案されている北朝鮮民主化戦略は,ベルリンの壁におけるハンガリーの役割を中国に担わせようというものである.
※正確に言えば北朝鮮・ロシア間にはわずかながら国境を接している部分(約20キロ)がある.北朝鮮はこの区域,羅津(羅先)市一帯を経済特区に指定しているため,一般人はこの地域に立ち入ることすらできないので,事実上ロシア側に脱出することはできない.→参照
つい最近報道によって知られた事実によると,北朝鮮はこの区域(羅津経済特区)に大規模な煙草製造工場を造って大量の偽タバコを海外に密輸出している.偽タバコは非常に広範に出回っており,北朝鮮の合法的輸出額の8~16%(8000万~1億6000万ドル)にも達すると見られている.この偽タバコ密売には台湾・中国系マフィアが深くからんでいる模様.
←ご協力お願いします! -----------------------------------------------------------------------
『金正日体制は平和的に打倒すべきである』
高世 仁(たかせ ひとし,ジン・ネット代表)
正言@アリエス
第三の道(略)
危機感を強める家族たち(略)
「正常化ありき」論の落とし穴(略)
金正日体制の打倒へ(前半略)
そもそも北朝鮮による拉致は、個人の犯罪者やギャング団によるものではなく、金正日の直轄工作機関がおこなった国家事業であり、隠蔽しつづけているのも金正日体制である。日本側が必死の努力で拉致事例をひとつひとつ掘り起こし、北朝鮮に問い合わせ、調査を要求する。こんなことをいくら繰り返しても、拉致問題の全面解決にはいたらない。
交渉はもちろん必要だ。とくに、国交正常化を、対北朝鮮交渉のもっとも大きな「切り札」として、各種制裁などの圧力と組み合わせ、できるかぎりの譲歩を北朝鮮から引き出す努力はつづけていかなくてはならない。しかし、北朝鮮相手に交渉だけで解決を図ることが、限界をもっていることははっきりしている。金正日が認める範囲内での「解決」しかありえないからだ。
拉致被害者家族会のメンバーには漁師さんもいるし、大工さん、ふつうのサラリーマンもいる。政治的にも特定の立場に属する人たちではないのだが、ほとんどが「金正日体制を打倒しなければならない」と言う。私も取材を通じて同じように考えるようになった。
北朝鮮による拉致問題を解決しようとすると、すぐに金正日体制という壁があらわれ、それを打倒しなければ完全な解決に近づけないからだ。
「金正日体制の打倒」というと、過剰反応する向きがあるから、ソ連・東欧の例にならって「民主化」という言葉を使うことにしよう。ソ連・東欧では、共産党政権の崩壊によってはじめて、これまで隠されていた権力犯罪や諜報活動の記録が暴かれ、歴史の闇にメスを入れることができた。拉致問題の解決のためには北朝鮮の「民主化」が必要なのだ。
「体制の打倒? ではお前は戦争をするのか」などと言われそうだがそうではない。私はイラク戦争に反対だったし、北朝鮮にたいしてもあくまで戦争以外の道で体制の「民主化」をめざしていかなければならないと考えている。
ふつうの独裁とふつうでない独裁
私は、ジャーナリストの仕事を一九八〇年代前半の東南アジアで始めた。フィリピンとインドネシアにはマルコス、スハルトという開発独裁の二大巨頭が健在で、取材でまわるのは独裁とか専制などと呼ばれる国ばかり。ミャンマーは軍事政権だし、中国、ベトナム、ラオスは共産党の一党独裁、台湾やシンガポールもある種の独裁といってよかった。
さまざまな独裁政権を見てきた私の目から見て、金正日体制はまったく異質だった。これに匹敵するのは、カンボジアのポルポト政権しかないと思った。他の独裁国では、反政府ゲリラの支配区、あるいは教会や寺院を隠れ蓑にした抵抗活動があった。何より、きびしい弾圧の下にあっても、「権力」を感じさせない自由な空間と雰囲気が社会のなかに存在した。

北朝鮮から逃げてきた人の証言で、かの国では、ラジオはひとつの放送局しか聞けないようにすべてチューナーが固定されているという話を聞いたとき、そこまでの統制をやる国があるのかとはじめは耳を疑った。だが、そういう国家だったからこそ、二十何年も拉致被害者の存在を隠蔽することが可能だったのだ。
私は、北朝鮮を「独裁」と表現することに大きな抵抗を感じた。まったく違ったものを同じ「独裁」という語でくくると、誤った理解に導いてしまうと思ったからだ。
後になって、ハナ・アーレントの『全体主義の起原』(みすず書房)を読んで、「ああ、これだったのか」とはじめて腑に落ちた。アーレントはナチズムとスターリニズムの二つを、まったく新しい「国家形式」としての「全体主義」と位置づけ、「独裁」とも「専制」とも異質のものだと何度も何度も強調している。それは、国民すべてがまるで「一人の人間をなすかのように」組織される、「あらゆる新しい統治形式のうちで最も恐ろしい」ものである。
自己目的化される弾圧と収容所
テロルこそ全体主義の本質であるとアーレントは言う。その特徴をこう書いている。
「テロルは国内における反対派の衰退とともに衰えず、反対に強化される」
常識的に考えれば、政敵なり階級敵がいなくなれば、弾圧をする必要はないはずだ。ところがソ連では、「闘う相手も残っていない」と党大会で勝利宣言をした一九三四年に、本格的な粛清がはじまるのである。収容所がどんどん作られ、一九三五年から四一年までの六年間で、収容所人口は九十六万五千人から百九十三万人へと倍増している。そして、処刑や流刑地追放などさまざまな弾圧の結果、二千万人の命が奪われたのである(クルトワ他『共産主義黒書』恵雅堂出版)。
ナチスもしかりで、ユダヤ人を含む多くの人びとの殺戮には反対派の弾圧という合理的な目的はない。いないはずの「敵」が大量に逮捕され、人民抑圧が自己目的のようにおこなわれた。こうして、全体主義国家では、テロルは、無差別にすべての国民におよぶようになる。そのテロルの中心に強制収容所がある。
この記述を読んだとき、私はポルポト政権のことを思った。権力を握った直後に、旧政権の官僚や軍人を抹殺し、まとまった勢力としての敵がいなくなったはずなのに、ますます弾圧は激しくなる。人口の何パーセントかは「内部にもぐりこんだ敵」だと各地方に逮捕のノルマを課して、敵を作り出すことまでやっている。

北朝鮮の抑圧体制も同じような特徴が見られると言うのは、人権NGO「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」名誉代表の小川晴久さん(二松学舎大学教授)だ。
金日成(キム・イルソン)はソ連軍に所属し、日本の降伏後、ソ連に従順な点を買われて権力の座に据えられた。ソ連の後ろ盾を頼みに、金日成は有力なライバルをつぎつぎに粛清していく。南労党派、ソ連派、延安派など党内の主要な勢力を一掃し、金日成が独占的に権力を握った五八年、すべての国民を核心階層、中間階層、敵対階層に分類する事業を三年にわたっておこなった。政治犯収容所というものが建設されるのは、このころかららしい。
(中略)
これは、さきにあげた全体主義の特徴と同じである。まとまった勢力としての敵が打倒され、絶対的な権力が確立されたのちに、抑圧をさらに厳しくしていく。こうして、テロルが社会全体に無差別におよんでいくのである。
家族がいつの間にか収容所に(略)
共存できない体制
全体主義国家は、「何ものもそれと共存することができない唯一の統治形式」だとアーレントは言う。我々の世界とは一緒にやっていけないというのだ。同感である。
ヒトラーとスターリンの行動には非常に多くの共通点がある。たとえば、重要な戦闘を遂行しながら、その一方で有能な軍人を大量に粛清するという愚を犯している。軍事力を強化するという合理性を一片も考慮していない。「あらゆる合目的的な考慮の徹底した無視」が全体主義の特徴のひとつである。
ふつうの独裁政権なら国益で誘導することもできるが、合理性をまったく無視する全体主義国家にはその方法も通用しない。アーレントは、一九三八年のミュンヘン協定でヒトラーに宥和政策を採って失敗した経験を例にとって、「譲歩」や「国際的威信」をもってしても全体主義国家を「正常な国際関係に引き戻すことは」不可能であると言う。もし、全体主義国家が交渉に乗ってきたとしても、それは一時の戦術(マヌーバー)にすぎない。全体主義国家と交渉で何かを解決することは原理的に無理なのである。
こうしてアーレントは、全体主義国家は最終的には打倒するしかないという結論にいたる。
ところで、日本にある北朝鮮にかかわるNGOは、拉致、「帰国者」、日本人妻、政治犯収容所、脱北者・難民など、それぞれのテーマで活動している。そして、どのテーマであっても、活動するなかで、メンバーの多くが自然に金正日体制打倒論者になっていく。
さまざまな問題が噴出してくるのは、個別の政策が原因ではなく、金正日体制の存在そのものが基になっており、そこを変えないと問題が解決しないと気づかされるからである。
最大の被害者は在日(略)
三百七十万人の餓死
北朝鮮では食糧不足でたくさんの餓死者が出ている。これは、北朝鮮の体制崩壊を招かないのだろうか。
北朝鮮人口のおよそ一五パーセントにあたる三百七十万人が餓死したという数字がある。これは、一九九八年に韓国の仏教団体「同胞助け合い仏教運動本部」が推計したものだ。
この団体は、中国側に逃げてきた難民千六百九十四人にひとりひとり聞き取り調査をおこなった。その結果、北朝鮮に大洪水が起こった一九九五年八月から一九九八年七月までの三年間で、調査対象難民の親族九千二百四十九人のうち、二八・七パーセント、つまり三割近くが餓死または栄養失調によって死亡したことが判明した。北朝鮮の人口二千二百万人から、食糧に恵まれた特権層や農民を除いた千三百万人にこの死亡率を当てはめ、総計三百七十万人という数字を出している。いちばん酷かったのが一九九七年で、死者の半分以上がこの年に集中していたという(萩原遼『拉致と核と餓死の国 北朝鮮』文春新書)。

にわかに信じがたい数字だが、これを裏づけるのが、労働党の最高幹部のひとりだった黄長燁(ファン・ジャンヨプ)元書記の証言だ。彼は、労働党中央に上げられた情報から、一九九五年に五十万人、一九九六年には十一月中旬現在で百万人が餓死したことを知った。翌一九九七年は、飛びぬけて厳しい年でもっと多くの餓死者が出たはずだ。すると、三年間では、上の団体の推計と近い数字になるだろう(黄長燁『金正日への宣戦布告』文藝春秋)。
私自身も一九九〇年代後半以降に脱北した人に、三十人くらい会って話を聞いているが、とくに都市部で驚くほどたくさんの人が餓死したのは間違いない。餓死を免れた多くの人も慢性的な栄養失調の状態だ。
人口の一五パーセントが餓死しても政権が倒れないのは不思議な気がするが、じつは、全体主義国家は大量死では倒れないのが歴史的事実なのだ。最近の研究では、ソ連では一九三二~三三年の一年だけで六百万人を餓死させている。大躍進の時期(一九五八~六〇)の中国は、全体主義と規定してもよいと思うが、二千万~三千万人が飢餓で命を落としたとされる。ポルポト政権の場合、餓死、衰弱死などで住民の四分の一が死んでも権力は維持された。
大量の飢餓死だけでは、北朝鮮の体制は倒れそうもない。
これまでに全体主義を解体させた要因を挙げるとこうなる。
○スターリニズム……スターリンの死で緩やかに解体に向かう(アーレントの解釈)
○ナチズム……戦争で打倒される
○マオイズム……毛沢東の死と四人組逮捕による権力移行で緩やかに解体に向かう(筆者の解釈)
○ポルポト政権……ベトナムの軍事力で打倒される
こうしてみると、これまでに全体主義を変えた要因は、戦争か、あるいは権力を独占する「指導者」(頂点の権力者にこの用語が使われるのも全体主義に共通しているのだが)の死しかない。
はたして、戦争以外の手段で金正日体制を崩壊させることは可能なのだろうか。以下、その方法についてのヒントを探してみようと思う。
日本は戦略をもて(略)
経済破綻による「ほころび」
金正日が日本のカネに固執する背景には、もちろん経済の破綻がある。
脱北者によると、北朝鮮ではすでに八〇年代から配給が滞りはじめていた。北朝鮮の配給は、日本人が想像するよりはるかに重要で品目は広範囲に及んでいる。北朝鮮の配給手帳を見ると、穀物や味噌・醤油などの調味料、魚、肉など食料品のほか、タオルや靴、ハブラシなど多くの日用品までが配給品となっている。配給がなくなれば、すべてを高額のヤミ市でまかなわなければならない。
北朝鮮では二〇〇三年から、ヤミ市を公認した。前向きの「改革」ではなく、配給制度が完全に崩壊し、経済をコントロールできなくなった金正日政権が「現状」を仕方なしに認めたものである。

中朝国境から北朝鮮の内部事情を取材してきたジャーナリストの石丸次郎さんは、こうした事情が、北朝鮮国内に大きな変化を起していると語る。
市場で売られる商品は中国製に席巻され、食料品や衣料、電器などあらゆる日用品がみな中国からやってくる。国境近くでは、携帯電話をもつ人が増え、中国からさまざまな情報が入るようになった。いまでは誰もが、中国や韓国の方が北朝鮮よりはるかに進んでいることを知っているという。外部世界に関する情報がかつてとは比較にならないほど流れ込んでいるのだ。
また、急激に貧富の差が広がり、極端な拝金主義が社会を覆っている。ワイロが横行し、旅行制限などを含む住民統制は大幅に緩んでいる。そして自分たちを食わせられない体制への忠誠心は、確実に弱まっているという。
過去には見られなかった「ほころび」が金正日体制に生じている。情報、住民統制、忠誠心における変化は、何かきっかけがあれば、住民が動き出す可能性を示唆するものだ。
北朝鮮の人権への国際的な関心
姜哲煥さんは、祖父母と両親が日本から北朝鮮に渡った帰国者だった。姜さんは、日本のシンポジウムに招かれてこういう発言をしている。「北朝鮮で、帰国者がいっぱい拉致されて、行方不明になっていった。北朝鮮で当たり前のことのように行なわれている拉致、強制収容所などのとんでもない不法行為、それが北朝鮮内にとどまらずに、外国にまで広がって、日本人拉致という犯罪行為を犯したんだと思います」(前掲『拉致と強制収容所』)
日本人拉致とは、国民を人間扱いしない理不尽な抑圧のあらわれのひとつで、収容所、帰国者などの問題と根っこは同じだというのである。
いま、日本人拉致問題をも含めながら北朝鮮の人権状況を問題にする動きが活発になっている。
国連も動きはじめた。
二〇〇四年四月十五日、第六十回国連人権委員会は、対北朝鮮人権決議を去年にひきつづき採択した(五十三ヵ国が投票、賛成二十九、反対八、棄権十六)。
この決議は、北朝鮮で「組織的かつ広範囲のゆゆしい人権侵害」がつづいていることに「深い懸念を表明」し、北朝鮮政府の情報提供と北朝鮮国内への立ち入り調査を求めている。拉致問題も人権侵害のひとつとしてこう記載されている。「外国人の拉致に関する未解決の問題すべてを、ただちにはっきりと明らかに解明すること」
この決議はEUが提案国で、日本はアメリカ、オーストラリアなどと並んで共同提案国となった。北朝鮮の核開発の問題では直接の当事者でないヨーロッパも、北朝鮮の人権の問題については、大きな関心を払っている。
二〇〇四年の人権委員会決議には画期的な内容があった。北朝鮮の人権状況を調べて報告する「特別報告官」を設けるよう求めていることだ。
また、北朝鮮の強制収容所に関心をもつ団体や個人は、北朝鮮の収容所に国連の査察を入れよという主張をしはじめている。核の査察ではなく「人権査察」である。もし、国連の査察がおこなわれることになれば、国際的な制裁の可能性につながってくる。
北朝鮮は、人権を旗印にした国際的な圧力を受けはじめたのである。
金正日を国際法廷へ(略)
東欧崩壊からの教訓(略)
アメリカの金正日打倒法
北朝鮮の民主化を願う人びとの注目を集める法律がある。二〇〇四年十月四日にアメリカ議会で可決された「北朝鮮人権法」である。北朝鮮にたいするアメリカの関心が、核から人権問題へも及んできていることを示すものであるが、画期的なのは、この法律が北朝鮮の体制変更を明確に視野に入れていることである。
冒頭に登場するのは、金正日への名指しの非難だ。「米国国務省によれば、北朝鮮の政権は、"金正日の絶対的統治の下にある独裁"であり、おびただしい数の深刻な人権侵害をおこないつづけている」
「目的」として挙げられるのは以下五点。
①北朝鮮における基本的人権の保護
②難民問題の人道的解決
③人道援助へのモニター活動、アクセス
④北朝鮮と外部との情報の自由な出入り
⑤民主的政治制度の下での平和的な南北統一への前進
すこしくわしく内容を紹介しよう。
この法律では北朝鮮の人権問題を、対北朝鮮交渉における「最重要の関心事」と位置づけただけでない。非常に具体的な施策を提起したうえで予算までつけている。
たとえば、北朝鮮の人権のために活動するNGOには毎年二百万ドルを援助する。
また、年間二百万ドルの予算をつけて「外国放送を受信できるラジオなど」を北朝鮮国内に増やす、つまり北朝鮮に短波ラジオをばらまく。これに対応して、一日十二時間の対北朝鮮ラジオ放送を開始するとし、法律の公布から四ヵ月以内に放送のくわしい計画を出すよう関係機関に求めている。本気で「結果」を求めていることがひしひしと感じられる。
人道援助は、NGOを通じた援助と北朝鮮政府へのそれは厳格に区別され、前者には年に一億ドルという破格の予算をつける一方、北朝鮮政府にたいしては、援助機関の北朝鮮国内への自由なアクセスや監視が実現できないかぎり、援助はいっさい与えないと明言する。
人道援助以外の援助、つまり一般に経済援助あるいは開発援助と言われるものについては、六項目の条件をつけ、これらに「実質的な進展が確認されないかぎり」いっさい禁止される。六項目のなかに在米コリアンと北朝鮮の親族との再会(第二項目)、監獄や労働キャンプ(収容所)の条件改善(第五項目)などと並んで、日本人拉致問題が二つの項目に登場する。
(3)北朝鮮に拉致された日本人および韓国人に関するすべての情報を開示すること
(4)これら拉致被害者が、家族とともに北朝鮮を離れ祖国に帰る完全な自由を与えること
ここには拉致を含む人権問題を梃子に、「事態」を動かそうとする強烈な意志がある。
ターゲットは中国
「北朝鮮人権法」の重点は、北朝鮮国内よりも脱北者・難民の扱いにあり、アメリカは過去のベトナム難民受け入れを踏襲するかたちで、北朝鮮難民の受け入れを約束している。難民が希望すれば、ほぼ無条件でアメリカに受け入れるという。米国での就職や永住などの手続きも、具体的に示している。

北朝鮮の脱北者救援にかかわる複数の日本のNGOは、早くからこの法律に熱い眼差しを注いでいた。それらのNGOは、難民救援のカギが中国の姿勢を変えることにあり、中国が変われば一挙に北朝鮮難民のエクソダス(集団的国外脱出)を招いて北朝鮮体制崩壊の可能性が出てくると展望していた。「人権法」は、まさにそれを現実化する内容をもっているからだ。
中国に逃げてきた脱北者に「難民」はいない。こう言うとびっくりする人もいるが、中国の立場ではそうなるのである。国際的に保護される「難民」資格を認定するのはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)だが、中国は、UNHCRが脱北者に接触することを許していない。これでは「難民」認定ができない。脱北者は、モンゴルやベトナムなど第三国に密かに逃れたあとで、はじめてUNHCRに「難民」認定を受けている。
中国当局は脱北者を、不法な越境者として逮捕し、毎年数千人も北朝鮮に送還している。国際的な批判にも耳を貸さず、中国は、脱北者問題は中朝二国間で処理する問題だという態度を崩していない。
そればかりか、中国当局は、脱北者を支援するNGOまでも厳しく摘発している。二〇〇二年以来、日本のNGO活動家が拘束される事件が相次ぎ、ついには二〇〇四年、NGO「北朝鮮難民救援基金」の野口孝行さんが実刑判決を受けるにいたった。
この中国に「人権法」は強力な圧力をかけている。脱北者を北朝鮮に送還したり、UNHCRを脱北者に接触させない中国の現在の姿勢を名指しで非難し、UNHCRが脱北者に接触できるようにせよと要求している。そして、「中国が北朝鮮難民への責務を積極的に果たすならば」、難民関連でのコストについては援助するとして、硬軟両面で中国に迫っている。
すべての予算措置は二〇〇五年から二〇〇八年までとされている。「人権法」のほんとうの狙いが、二〇〇八年の北京オリンピックまでに中国の姿勢を変えることにあることを示唆している。
崩壊へのエクソダス(略)
本気になったアメリカ
「『北朝鮮人権法』は、世界で初めての『金正日体制打倒法』です。我々にとって、いまこそチャンスですが、同時にリスクも引き受けなくてはなりません」
こう語るのは、NGO「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」で活動してきた評論家の三浦小太郎さんだ。
早くから北朝鮮の平和的民主化を訴えてきた三浦さんは、アメリカが本気で北朝鮮の体制変更を検討しはじめたいま、急がなくてはならないと警告を発する。早く平和的手段で金正日体制を打倒しないと、アメリカが武力を使おうとする動きが出てきて、それを抑えられなくなる可能性があるからだ。
戦争を避けるためにも、民主化を急ごうというのである。重要な指摘であり、平和的民主化論者は心してこの警告を聞くべきだ。三浦さんは、アメリカを念頭において「武力を使おうとする動き」に警鐘を鳴らしているのだが、ここ数年、日本も相当きな臭くなっている。
アメリカはクリントン時代にサダム・フセインの打倒をめざし、一九九八年に「イラク解放法」を作っている。内容は「北朝鮮人権法」とはまったく違うのだが、その法律制定の五年後に、イラク戦争を起している。アメリカが本気になったことは、三浦さんのいうように、戦争へのリスクを近づけることにもなるのだ。
私が「人権法」を読んだかぎりでは、アメリカはまだ単独行動主義を取っておらず、国連や周辺国といっしょに行動するとして、国際協調を掲げている。日本は、アメリカとの関係、そして東アジアでの位置を考えれば、北朝鮮の平和的民主化のイニシアチブを取ることができる立場にあるはずだ。この好機に、日本はアメリカにたいし、共同して平和的な北朝鮮の体制変更をめざすことを明らかにすべきである。しかし、アメリカの武力への誘惑を抑えるには、まず日本がじっさいに北朝鮮民主化にむけた行動を起こすことが先決だろう。
金正日にも、また我々にも、あまり時間は残されていないのかもしれない。
民主化のコスト(略)
憲法前文にたちかえって(略)
by exod-US
| 2006-08-03 08:04
| 金正日ミサイル乱射事件
















