2006年 05月 28日
【転載】石井紘基は、本当は誰に殺されたのか?<風樹茂のGET Japan>より
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前稿の「クリンゴン文庫読書ノート(2)」で私は,「石井議員の構造改革・平成維新と小泉の改革は似てもって非なるものである.その違いをもっとも先鋭に理解していたのはもちろん小泉自身に他ならない.ある意味で石井議員は小泉首相のライバルであり,不倶戴天の敵であったかもしれない.」と書いた.<Speak Easy 社会>の真名さんはこのエントリにコメントを付けて,石井議員の立ち位置と大政奉還前の最後の幕府勘定奉行小栗上野介の置かれたポジションの類似を暗に指摘された.明治維新政府が実際に行った改革は実はすべて小栗上野介忠順のアイディアないしプランニングのパクリであった!→参照記事
これについて大隈重信候は後に,「小栗上野介は謀殺される運命にあった。なぜなら、明治政府の近代化政策は、そっくり小栗のそれを模倣したものだから。」と、語ったと言われている.これをコンテキストに沿って書き換えれば,「石井紘基は謀殺される運命にあった。なぜなら、小泉政権の平成改革なるものは、そっくり石井のそれを模倣したものだから。」となる.このケースでは模倣というよりは歪曲と言うべきであるかもしれないが.
メルマガ「政治経済の真実」の最新号で国際評論家小野寺光一氏は①道路公団改革,②郵政改革,③共謀罪法案の3つを挙げて.小泉純一郎の3人の子どもと呼んだ.国会で最初にこの道路公団問題を取り上げたのは民主党の石井議員である.石井議員殺害から郵政改革までのなだらかな一本道の後に,共謀罪がやって来た.今日という時点において共謀罪国会は与党から提示された6名構成の法曹実務者協議で民主党がどう動くかにかかっているが,むしろ私はここでもう一度石井紘基殺害の現場に戻らなくてはならないのではないかと考える.なぜならこの地点こそ全ての事柄に先立つ始点であり,帰結点に他ならないからである.
本稿はフリーランス・ルポライター風樹茂氏が<風樹茂のGET Japan>の「折々に書いたマスコミに載らない視点、載ることの出来ない話 」を収録した《時評》欄に2004年6月20日の日付で掲載されたコラムである.氏は奇しくも事件の前日に偶然ではあるがある場所で石井紘基本人と出会っている.真に貴重な資料としてここに無断転載することをお許し願いたい.
死亡時石井氏の懐中には30万円也のキャッシュが入っていた.犯人はそれには目もくれずカバンの中に入っていた氏が当日国会に持ち込む予定であった資料のみを持ち去って逃走した.もし伊藤白水こと伊藤泉が真犯人であったとすれば,(簡易宿泊所に)泊まる金もないほど金に困っていたはずの「犯人」がその金を見逃すというのも腑に落ちないところである.
<故・石井こうき事件の真相究明プロジェクト>というサイトで当初有力情報提供に賭けられた懸賞金30万円という金額は実はこの石井紘基の背広の内ポケットに入っていた現金に他ならない.30万円という金額(現在は100万円にスケールアップ)は石井紘基の仕事のスケールに比すればあまりにもささやかなものに聞こえるが,その趣旨を辿れば意義深いものがある.犯人が持ち去ったのが「金」ではなく「書類」であったという一点だけを考えても,自称右翼伊藤何某の単独犯行であるとする捜査当局の断定がいかに根拠のないものであるかが想像されよう.当然開示されなくてはならない物的証拠(多量の返り血を浴びたと思われる犯人の着衣,その他,犯人しか知り得ない事実)は一切法廷に提出されなかった.
このカバンに入っていた資料がRCC(整理回収機構)に関するものではなかったかという筆者の推測に関しては<日刊ベリタ>紙上で取り上げられた有力な証言が存在する.この記事は有料配信記事なのでここには転載できないが,末尾に冒頭のリード部分のみを掲示した.
バブル崩壊後の不良債権処理には10年余の時日(俗に言う失われた十年)を要したが,その両輪となったのは①外資による買い漁りと②整理回収機構(法務・警察OBなどの天下り)による(文字通り国民の血を流す)過酷な取立てである.「正義の味方」として国民からの圧倒的な支持を背景にこの機構のトップに収まった中坊公平弁護士(元日本弁護士連合会会長)は,2003年朝日住建の債権回収に際し15億円を詐取した事件で詐欺罪に問われることになるが,弁護士を廃業することと引き換えに起訴を免れた.
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石井紘基は、本当は誰に殺されたのか?
http://www.interq.or.jp/pacific/getjapan/jounal/ISIIKOKI.htm
日本の予告された殺人の断片
闇の犯行動機
2004年、6月18日に伊藤白水(はくすい)被告(50)に対し、東京地裁は、求刑通り無期懲役を言い渡した。しかし裁判官は、「被告の供述は荒唐無稽(むけい)で全く信用できない。遺憾ながら犯行動機の詳細について解明するのは困難だ」と述べた。
伊藤被告は動機を「多額の資金提供をしたり、右翼の大物を紹介したのに、恩をあだで返された」と主張したのである。
犯行動機がわからず、彼を犯人としていいのだろうか?
死の前日の石井紘基
私は故石井氏には、彼が殺害される前日に、ある場所で会っている。個人的に会ったわけではない。某経営コンサルタントが開いている集会にわずかな時間来られたのである。
そのとき彼は持論の日本の税金の使い方のひどさなどについて話たのだが、国会で見られるような声の強さはなかった。
石井は数日前からおびえて過していたという。死ぬXX日前に暴漢にも襲われている。
証言
後日、身近な人間から話を聞く機会があった。
「あの日は、朝、庭がごそごそいうので、前に頼んでいた庭師かな? って思って、インターホーンで聞いたら『XXX』って言って行ってしまいました。窓から見ると坊主頭でバンダナを巻いた屈強な男でした」
石井はその日、某コンサルタントと会う約束をしていた。3日後に迫った国会の冒頭質問に係わるものであったであろう。それは日本がひっくり返るような質問になるはずであった::
「石井はひとつきで刺されました。下りてみると、ナイフを引き抜いているところでした。すぐに警察に電話をしようとしたのですが、最初は電話がぜんぜん繋がらなかったんです」
やっと電話がつながり、最初にパトカーが数台来た。しかし多すぎた。あとから来た救急車は道路をふさぐパトカーのおかげで、石井の家までなかなか辿りつかなかった。パトカーが道をあけなければならなかった。
その間、石井は出血しつづけていた。
>「不思議なのは、救急車にやっと乗って病院に向かった時間にすでにテレビのテロップに石井紘基死亡って流れていたんです。国会でももう、犯人は右翼の伊藤白水(はくすい)ってメモ書きが議員の間を行き来してました。伊藤はXX日前に怪我をして事務所に傷の手当てを受けにきたりしていて、そんな人が石井を殺すなんて!」
心臓をひとつきしたテロの犯行は、完全にプロの仕業である。伊藤周辺の人間のいうところでは、人を一つきで殺せるような男ではないという。
「普通右翼というのは、人を殺したら靖国神社へまず報告に行くんだ。でも、白水はそんなこともせずに高尾山に逃げて捕まったんだ。普通人を殺して数年して出てくれば右翼の生活は保証される」
調べていたこと
石井紘基が握っていた情報は、ある潰れそうな銀行、その銀行系の不動産会社、そしてRCCを結ぶ疑惑である。
以下は私の推測である。
「RCCから不動産屋に破格の安値で土地が流れ、それを市価で不動産会社は販売していた。もちろんその利益の1部は、ふたつの政党の誰かと誰かの懐に入っていたのだろう。
誰か? それはわからない。
誰も調べない
彼の暗殺後、この件にかかわる国会質問はなされず、民主党の別の議員が代役となった。国会に安堵の雰囲気が流れた。
石井が心血を注いで調べた資料はダンボール箱数箱にのぼる。もちろん警察は調べるようなことはしない。民主党の誰も調べない。大手マスコミも調べない。そして、彼が持っていたメモ書きと資料は消えたままだ!
ぼくらはそんな時代のそんな国に住んでいる。
※強調は編者による.伊藤泉水と事件前日に目撃されたバンダナをした人物(伊藤も事件後警察に出頭したとき,バンダナを付けていた)は体格がまったく一致しないという証言がある.というより,そもそも警察は第一目撃者であるナターシャ夫人の伊藤に対する面通しすら行っていない.警察が犯行の行われた現場つまり石井邸で最初に行ったことは家宅捜査であり,パソコンからデータを抜き出すことであった.太字部分はこの資料で初めて知ることになった事実であるが,この事件の背景にある闇の深さと拡がりを暗示するに十分である.
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「消えた書類」は整理回収機構の不正関連 石井紘基氏刺殺事件で金融専門家が証言 当日「国会質問の最終準備を予定」
(日刊ベリタ,EXCLUSIVE,2005年12月22日掲載)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200512221748334
特殊法人をめぐる税金の流れなど国の不正を追求し続けた民主党の故石井紘基議員(当時61)が刺殺されてから、3年以上が経過した。事件現場である自宅玄関前で石井氏が持っていたカバンの中身は空っぽだった。今回、筆者はカバンに「入っていたはず」の書類の作成に携わった金融専門家のA氏と接触した。A氏は、その書類内容とは、国策会社「整理回収機構(RCC)をめぐる不正を示すものだった」と証言した。(佐々木敬一)
【追記】日刊ベリタにはリンク記事として4月25日当ブログ掲載のアクセンチュア社に関する記事が同日付けで紹介されました.この記事の元記事になった「保坂典人のどこどこ日記の記事」も掲載の翌日にはリンクされています.国家基幹系を狙う外資アクセンチュア社に関してはフォローアップがあちこちにありますので,そのうちまとめたいと思っています.
パートナーシップと呼ばれる官民談合=国家財政の私物化:アクセンチュア社の場合(2)
(日刊ベリタ,リンク記事,2006年04月25日掲載)
US-VISITとJAPAN-VISITを結ぶアクセンチュア社
(日刊ベリタ,リンク記事,2006年04月23日掲載)
←ワン・クリック!
これについて大隈重信候は後に,「小栗上野介は謀殺される運命にあった。なぜなら、明治政府の近代化政策は、そっくり小栗のそれを模倣したものだから。」と、語ったと言われている.これをコンテキストに沿って書き換えれば,「石井紘基は謀殺される運命にあった。なぜなら、小泉政権の平成改革なるものは、そっくり石井のそれを模倣したものだから。」となる.このケースでは模倣というよりは歪曲と言うべきであるかもしれないが.
メルマガ「政治経済の真実」の最新号で国際評論家小野寺光一氏は①道路公団改革,②郵政改革,③共謀罪法案の3つを挙げて.小泉純一郎の3人の子どもと呼んだ.国会で最初にこの道路公団問題を取り上げたのは民主党の石井議員である.石井議員殺害から郵政改革までのなだらかな一本道の後に,共謀罪がやって来た.今日という時点において共謀罪国会は与党から提示された6名構成の法曹実務者協議で民主党がどう動くかにかかっているが,むしろ私はここでもう一度石井紘基殺害の現場に戻らなくてはならないのではないかと考える.なぜならこの地点こそ全ての事柄に先立つ始点であり,帰結点に他ならないからである.
本稿はフリーランス・ルポライター風樹茂氏が<風樹茂のGET Japan>の「折々に書いたマスコミに載らない視点、載ることの出来ない話 」を収録した《時評》欄に2004年6月20日の日付で掲載されたコラムである.氏は奇しくも事件の前日に偶然ではあるがある場所で石井紘基本人と出会っている.真に貴重な資料としてここに無断転載することをお許し願いたい.
死亡時石井氏の懐中には30万円也のキャッシュが入っていた.犯人はそれには目もくれずカバンの中に入っていた氏が当日国会に持ち込む予定であった資料のみを持ち去って逃走した.もし伊藤白水こと伊藤泉が真犯人であったとすれば,(簡易宿泊所に)泊まる金もないほど金に困っていたはずの「犯人」がその金を見逃すというのも腑に落ちないところである.
<故・石井こうき事件の真相究明プロジェクト>というサイトで当初有力情報提供に賭けられた懸賞金30万円という金額は実はこの石井紘基の背広の内ポケットに入っていた現金に他ならない.30万円という金額(現在は100万円にスケールアップ)は石井紘基の仕事のスケールに比すればあまりにもささやかなものに聞こえるが,その趣旨を辿れば意義深いものがある.犯人が持ち去ったのが「金」ではなく「書類」であったという一点だけを考えても,自称右翼伊藤何某の単独犯行であるとする捜査当局の断定がいかに根拠のないものであるかが想像されよう.当然開示されなくてはならない物的証拠(多量の返り血を浴びたと思われる犯人の着衣,その他,犯人しか知り得ない事実)は一切法廷に提出されなかった.
このカバンに入っていた資料がRCC(整理回収機構)に関するものではなかったかという筆者の推測に関しては<日刊ベリタ>紙上で取り上げられた有力な証言が存在する.この記事は有料配信記事なのでここには転載できないが,末尾に冒頭のリード部分のみを掲示した.
バブル崩壊後の不良債権処理には10年余の時日(俗に言う失われた十年)を要したが,その両輪となったのは①外資による買い漁りと②整理回収機構(法務・警察OBなどの天下り)による(文字通り国民の血を流す)過酷な取立てである.「正義の味方」として国民からの圧倒的な支持を背景にこの機構のトップに収まった中坊公平弁護士(元日本弁護士連合会会長)は,2003年朝日住建の債権回収に際し15億円を詐取した事件で詐欺罪に問われることになるが,弁護士を廃業することと引き換えに起訴を免れた.
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石井紘基は、本当は誰に殺されたのか?
http://www.interq.or.jp/pacific/getjapan/jounal/ISIIKOKI.htm
日本の予告された殺人の断片
闇の犯行動機
2004年、6月18日に伊藤白水(はくすい)被告(50)に対し、東京地裁は、求刑通り無期懲役を言い渡した。しかし裁判官は、「被告の供述は荒唐無稽(むけい)で全く信用できない。遺憾ながら犯行動機の詳細について解明するのは困難だ」と述べた。
伊藤被告は動機を「多額の資金提供をしたり、右翼の大物を紹介したのに、恩をあだで返された」と主張したのである。
犯行動機がわからず、彼を犯人としていいのだろうか?
死の前日の石井紘基
私は故石井氏には、彼が殺害される前日に、ある場所で会っている。個人的に会ったわけではない。某経営コンサルタントが開いている集会にわずかな時間来られたのである。
そのとき彼は持論の日本の税金の使い方のひどさなどについて話たのだが、国会で見られるような声の強さはなかった。
石井は数日前からおびえて過していたという。死ぬXX日前に暴漢にも襲われている。
証言
後日、身近な人間から話を聞く機会があった。
「あの日は、朝、庭がごそごそいうので、前に頼んでいた庭師かな? って思って、インターホーンで聞いたら『XXX』って言って行ってしまいました。窓から見ると坊主頭でバンダナを巻いた屈強な男でした」
石井はその日、某コンサルタントと会う約束をしていた。3日後に迫った国会の冒頭質問に係わるものであったであろう。それは日本がひっくり返るような質問になるはずであった::
「石井はひとつきで刺されました。下りてみると、ナイフを引き抜いているところでした。すぐに警察に電話をしようとしたのですが、最初は電話がぜんぜん繋がらなかったんです」
やっと電話がつながり、最初にパトカーが数台来た。しかし多すぎた。あとから来た救急車は道路をふさぐパトカーのおかげで、石井の家までなかなか辿りつかなかった。パトカーが道をあけなければならなかった。
その間、石井は出血しつづけていた。
>「不思議なのは、救急車にやっと乗って病院に向かった時間にすでにテレビのテロップに石井紘基死亡って流れていたんです。国会でももう、犯人は右翼の伊藤白水(はくすい)ってメモ書きが議員の間を行き来してました。伊藤はXX日前に怪我をして事務所に傷の手当てを受けにきたりしていて、そんな人が石井を殺すなんて!」
心臓をひとつきしたテロの犯行は、完全にプロの仕業である。伊藤周辺の人間のいうところでは、人を一つきで殺せるような男ではないという。
「普通右翼というのは、人を殺したら靖国神社へまず報告に行くんだ。でも、白水はそんなこともせずに高尾山に逃げて捕まったんだ。普通人を殺して数年して出てくれば右翼の生活は保証される」
調べていたこと
石井紘基が握っていた情報は、ある潰れそうな銀行、その銀行系の不動産会社、そしてRCCを結ぶ疑惑である。
以下は私の推測である。
「RCCから不動産屋に破格の安値で土地が流れ、それを市価で不動産会社は販売していた。もちろんその利益の1部は、ふたつの政党の誰かと誰かの懐に入っていたのだろう。
誰か? それはわからない。
誰も調べない
彼の暗殺後、この件にかかわる国会質問はなされず、民主党の別の議員が代役となった。国会に安堵の雰囲気が流れた。
石井が心血を注いで調べた資料はダンボール箱数箱にのぼる。もちろん警察は調べるようなことはしない。民主党の誰も調べない。大手マスコミも調べない。そして、彼が持っていたメモ書きと資料は消えたままだ!
ぼくらはそんな時代のそんな国に住んでいる。
※強調は編者による.伊藤泉水と事件前日に目撃されたバンダナをした人物(伊藤も事件後警察に出頭したとき,バンダナを付けていた)は体格がまったく一致しないという証言がある.というより,そもそも警察は第一目撃者であるナターシャ夫人の伊藤に対する面通しすら行っていない.警察が犯行の行われた現場つまり石井邸で最初に行ったことは家宅捜査であり,パソコンからデータを抜き出すことであった.太字部分はこの資料で初めて知ることになった事実であるが,この事件の背景にある闇の深さと拡がりを暗示するに十分である.
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「消えた書類」は整理回収機構の不正関連 石井紘基氏刺殺事件で金融専門家が証言 当日「国会質問の最終準備を予定」
(日刊ベリタ,EXCLUSIVE,2005年12月22日掲載)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200512221748334
特殊法人をめぐる税金の流れなど国の不正を追求し続けた民主党の故石井紘基議員(当時61)が刺殺されてから、3年以上が経過した。事件現場である自宅玄関前で石井氏が持っていたカバンの中身は空っぽだった。今回、筆者はカバンに「入っていたはず」の書類の作成に携わった金融専門家のA氏と接触した。A氏は、その書類内容とは、国策会社「整理回収機構(RCC)をめぐる不正を示すものだった」と証言した。(佐々木敬一)
【追記】日刊ベリタにはリンク記事として4月25日当ブログ掲載のアクセンチュア社に関する記事が同日付けで紹介されました.この記事の元記事になった「保坂典人のどこどこ日記の記事」も掲載の翌日にはリンクされています.国家基幹系を狙う外資アクセンチュア社に関してはフォローアップがあちこちにありますので,そのうちまとめたいと思っています.
パートナーシップと呼ばれる官民談合=国家財政の私物化:アクセンチュア社の場合(2)
(日刊ベリタ,リンク記事,2006年04月25日掲載)
US-VISITとJAPAN-VISITを結ぶアクセンチュア社
(日刊ベリタ,リンク記事,2006年04月23日掲載)
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by exod-US
| 2006-05-28 13:39
| 政治テロルと全体主義