2007年 07月 08日
身辺雑記(4):息子に格闘術を教える母ネコ,公園に棲む竹林の七賢人,巣から降りてどこかに消えた蜘蛛
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《Saudadeな日々》さんのところでカラスの学校の話(子ガラスに親ガラスが鳴き方を教える話)を読んだので,私も少し動物のことが書きたくなった.Sodadeさんが職場の仲間にその話をしたら,誰も信じてくれなくて,「疲れすぎだよ」「二度寝して夢でも見たんでしょ」って心配される始末。ホントに見たんだってばー(TT)と嘆いていたが,私はもちろん一も二もなく信ずる.カラスが相当賢いことは知ってるし,私自身母ネコが子ネコに「格闘術」を教えているのを観察したことがあるからだ.私が再婚して横浜から田舎(かみさんの実家)へ帰ってきた時期だ.
横浜からネコの一群を連れてきたが,こちらにも地付きのネコがいた.横浜組はシャム系のメス猫とその子ども3匹,地元組は純日本種の平べったい丸顔のメスとその息子で,1階と2階に棲み分かれた.家の中ですれちがうときも雌ネコ同士はお互いに「フン」とばかり露骨に顔を背けて対抗心を剥き出しにした.地元産のドラ息子は母親に似ずまったく闘争心を見せないでよそ者の子ネコたちと遊ぼうとしたが,新参の子ネコたちは自分たちよりずっと大きい息子ネコをバカにしてからかった.それから母ネコの息子に対する特訓が始まった.ゴキブリとかスズメを捕まえてきて教材として与えることもあった.結局,両派の抗争事件のようなことは起こらず同じ餌場で一緒に食事できるようになったが,ともかくその母ネコの教育熱心には感心した.
私は仙台に長く住んでいたことがあるし,私の故郷の町も七夕祭りの盛んなことでは全国でも屈指というところなので,七夕にはこだわりがある.昨日は夕方銀行から郵貯に自動引き落とし用の1ヶ月分の諸掛りを移すために街に出たが,時間が過ぎてしまったため郵貯に移動できなかったので,財布の中に少しまとまった金が入っていた.私は自問して言った,「今日は七夕だろう?誰か会いたい人,行きたいところがあれば今日は許そう.さて,どこに行く?」.私は考えあぐねた末答えに詰まって言った.「しばらく行ってない店があるから,何ヶ月ぶりかで行ってみるという手もあるけど,ちょっと遠過ぎてそこまで足を延ばすパワーもないよ...」
それで,普段通らない少し外れた道を通って帰ってくると見たことのない公園に出た.自転車で進入すると,暗い森の中に板敷きの狭い路が続いていた.途中コンビニがあったことを想い出したので,私は一旦道を戻って缶チューハイを買ってくることにした.最初は1缶のつもりだったが菊水のアルミ缶があったのでそれも求め,普段買ったことのないレジ脇の揚げものを2つ買った.チキンフライがキャンペーン中で110円だった.それと串に挿したソーセージの丸揚げ.一つ気になったのは,私と一緒にコンビニ前の横断歩道を渡って一緒に店に入った外人と思しき女の子がまっすぐトイレに入り,続いて示し合わせたように若い男がその後を追うように入っていったこと.まぁこれは今日の話に関係ないので突っ込まないことにしよう.
地面より少し高くなっている板敷きの道は,多分伊勢物語の「かきつばた」の段に出てくる「三河国八ツ橋」を模したものではないかと思うのだが,余り広くない森の中を折れ曲がりながら続いていた.ベンチは石造りのどっしりしたものが引っ込んだ位置に2つやや離れて並んでいるという趣向で,まず申し分のない誂えだった.私はできるだけ奥に陣取ろうとして結局ほぼ一周してしまったのだが,この暗く小さい森の中の少なくとも3箇所にはホームレスが生息していることを確認した.
最近は都心の公園・河川敷からホームレスが(強制退去を食って)減っているという話を聞いていたが,こんなところに移住してたのか!私は自転車を転がして無言で通過したのであまり正確に観察したわけではないが,少なくとも身なりは私より大分上等で,自転車・ラジオ・ケータイを所持していることは確認できた.私の疑問はラジオやケータイのバッテリーをどうやって充電してるのだろう?という一点と,雨の日はどうするのか?という心配事である.ベンチのある場所にはかなり明るい街灯が点いていたが,ホームレスの一人はその下で本を広げて読んでいた.新聞・雑誌ならそこらで拾ってということも考えられるが,この人物が読んでいたのは明らかに「書籍」だった.顔を見た2人はどちらも私の擦り切れた顎ヒゲとは比較にならないような立派なヒゲを生やしていた.どうもこの森には「竹林の七賢」が棲んでるんじゃないだろうか?
私は大体彼らから一番遠い対角線上の一角にベンチを見つけて,今宵のささやかな酒宴を始めることにした.缶チューハイ(あ,tatsujinさん,これは「寶」です)が空くときにはほぼソーセージ一本をかじり終えていた.ケータイ灰皿を出してタバコに火を点ける.小さい蜘蛛が街灯の柱近くに巣を張っていたが,するすると下に降りると姿が見えなくなってしまった.クモの生態というのもどこか頼りなくて切ないところがある.巣を掛けるまでにどれほどの手間隙がかかるか?このクモの場合,片側に街灯しかないのだから,もう一方は地べたに生えた草か何かをアンカーにするしかない.地上から1メートルの高さに巣があるとして,自分の身長の100倍以上も離れたところから糸を引き回してこなくてはならない.いや,1メートルの空中に巣の中心を置くためには街灯側では2メートルの高さから三角にメインの架線を下ろす必要があるだろう.
そこまでの仕事をして,果たしてそのポイントで獲物を得られるという目算はあるのだろうか?私の部屋にも小さなクモが巣を作っていたが,ほとんど虫がかかってくれる可能性はゼロに等しいと思わざるを得なかった.羽虫がいることを知っていてある期待値を持って仕事にかかっているようにも思われたが,部屋の中にいる羽虫の絶対数から考えても,確率は相当に低いとみなさざるを得ない.ダメだったときはまたどこかに移動して網を張り直すのだろうか?確かに,透明かつ粘着性のあるネットを張るというそのテクノロジーには驚嘆すべきものがあるけどね…正確には少なくとも2種類の糸を使っている.粘着性のある糸とそうでない糸だ.巣の主は粘着性のない糸を伝って巣の中を移動する.そうでないと自分が自分の巣に捕獲されてしまう.
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横浜からネコの一群を連れてきたが,こちらにも地付きのネコがいた.横浜組はシャム系のメス猫とその子ども3匹,地元組は純日本種の平べったい丸顔のメスとその息子で,1階と2階に棲み分かれた.家の中ですれちがうときも雌ネコ同士はお互いに「フン」とばかり露骨に顔を背けて対抗心を剥き出しにした.地元産のドラ息子は母親に似ずまったく闘争心を見せないでよそ者の子ネコたちと遊ぼうとしたが,新参の子ネコたちは自分たちよりずっと大きい息子ネコをバカにしてからかった.それから母ネコの息子に対する特訓が始まった.ゴキブリとかスズメを捕まえてきて教材として与えることもあった.結局,両派の抗争事件のようなことは起こらず同じ餌場で一緒に食事できるようになったが,ともかくその母ネコの教育熱心には感心した.
私は仙台に長く住んでいたことがあるし,私の故郷の町も七夕祭りの盛んなことでは全国でも屈指というところなので,七夕にはこだわりがある.昨日は夕方銀行から郵貯に自動引き落とし用の1ヶ月分の諸掛りを移すために街に出たが,時間が過ぎてしまったため郵貯に移動できなかったので,財布の中に少しまとまった金が入っていた.私は自問して言った,「今日は七夕だろう?誰か会いたい人,行きたいところがあれば今日は許そう.さて,どこに行く?」.私は考えあぐねた末答えに詰まって言った.「しばらく行ってない店があるから,何ヶ月ぶりかで行ってみるという手もあるけど,ちょっと遠過ぎてそこまで足を延ばすパワーもないよ...」
それで,普段通らない少し外れた道を通って帰ってくると見たことのない公園に出た.自転車で進入すると,暗い森の中に板敷きの狭い路が続いていた.途中コンビニがあったことを想い出したので,私は一旦道を戻って缶チューハイを買ってくることにした.最初は1缶のつもりだったが菊水のアルミ缶があったのでそれも求め,普段買ったことのないレジ脇の揚げものを2つ買った.チキンフライがキャンペーン中で110円だった.それと串に挿したソーセージの丸揚げ.一つ気になったのは,私と一緒にコンビニ前の横断歩道を渡って一緒に店に入った外人と思しき女の子がまっすぐトイレに入り,続いて示し合わせたように若い男がその後を追うように入っていったこと.まぁこれは今日の話に関係ないので突っ込まないことにしよう.
地面より少し高くなっている板敷きの道は,多分伊勢物語の「かきつばた」の段に出てくる「三河国八ツ橋」を模したものではないかと思うのだが,余り広くない森の中を折れ曲がりながら続いていた.ベンチは石造りのどっしりしたものが引っ込んだ位置に2つやや離れて並んでいるという趣向で,まず申し分のない誂えだった.私はできるだけ奥に陣取ろうとして結局ほぼ一周してしまったのだが,この暗く小さい森の中の少なくとも3箇所にはホームレスが生息していることを確認した.
最近は都心の公園・河川敷からホームレスが(強制退去を食って)減っているという話を聞いていたが,こんなところに移住してたのか!私は自転車を転がして無言で通過したのであまり正確に観察したわけではないが,少なくとも身なりは私より大分上等で,自転車・ラジオ・ケータイを所持していることは確認できた.私の疑問はラジオやケータイのバッテリーをどうやって充電してるのだろう?という一点と,雨の日はどうするのか?という心配事である.ベンチのある場所にはかなり明るい街灯が点いていたが,ホームレスの一人はその下で本を広げて読んでいた.新聞・雑誌ならそこらで拾ってということも考えられるが,この人物が読んでいたのは明らかに「書籍」だった.顔を見た2人はどちらも私の擦り切れた顎ヒゲとは比較にならないような立派なヒゲを生やしていた.どうもこの森には「竹林の七賢」が棲んでるんじゃないだろうか?
私は大体彼らから一番遠い対角線上の一角にベンチを見つけて,今宵のささやかな酒宴を始めることにした.缶チューハイ(あ,tatsujinさん,これは「寶」です)が空くときにはほぼソーセージ一本をかじり終えていた.ケータイ灰皿を出してタバコに火を点ける.小さい蜘蛛が街灯の柱近くに巣を張っていたが,するすると下に降りると姿が見えなくなってしまった.クモの生態というのもどこか頼りなくて切ないところがある.巣を掛けるまでにどれほどの手間隙がかかるか?このクモの場合,片側に街灯しかないのだから,もう一方は地べたに生えた草か何かをアンカーにするしかない.地上から1メートルの高さに巣があるとして,自分の身長の100倍以上も離れたところから糸を引き回してこなくてはならない.いや,1メートルの空中に巣の中心を置くためには街灯側では2メートルの高さから三角にメインの架線を下ろす必要があるだろう.
そこまでの仕事をして,果たしてそのポイントで獲物を得られるという目算はあるのだろうか?私の部屋にも小さなクモが巣を作っていたが,ほとんど虫がかかってくれる可能性はゼロに等しいと思わざるを得なかった.羽虫がいることを知っていてある期待値を持って仕事にかかっているようにも思われたが,部屋の中にいる羽虫の絶対数から考えても,確率は相当に低いとみなさざるを得ない.ダメだったときはまたどこかに移動して網を張り直すのだろうか?確かに,透明かつ粘着性のあるネットを張るというそのテクノロジーには驚嘆すべきものがあるけどね…正確には少なくとも2種類の糸を使っている.粘着性のある糸とそうでない糸だ.巣の主は粘着性のない糸を伝って巣の中を移動する.そうでないと自分が自分の巣に捕獲されてしまう.
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by exod-US
| 2007-07-08 22:43
| 我が命運の尽きる日まで